本編
2
結局オカミさんに怒られて、そそくさ逃げるように店を出た。
わめくカルの頭をすぱんと叩いたオカミさんは実はシュラク最強なんじゃないだろうか。
「もー、お店行きにくくなったらどうしてくれんの」
「行くだろお前は。肉のために」
「まぁ行くけど」
「どんだけ食い意地はってんだよ」
ご飯大切じゃん。
背中に張り付くカルにイライラしながら町中を進む。
もう叱り飛ばすのもめんどくさくてカルと一緒に見回りをすることにした。
四人でウロウロしながら警護館に向かい、途中一歩に色々説明したりする。
興味深げに、でも緊張したように周りを見回す一歩はまだまだここに慣れていない。
一人歩きはまだ出来ないな、と思いながら警護館の扉を開ける。
奥でガサガサと紙を漁る音がする。そこに向かって「おはようございます」と声を掛ける。
ひょい、と棚の陰から顔を出したサリトさんが「おう」と短く返事をした。
「今日もよろしくお願いします」
「お願いします」
俺の後にきっちり頭を下げる一歩。あぁおう、と少し狼狽えるサリトさんが面白い。
「じゃあ一歩、また後でね」
「うん」
「頑張って」
こくりと頷いた一歩はすぐに、背を向けてサリトさんの方へ向かう。
我が弟ながら、真面目である。
サリトさんから何やら指示を受けている一歩を心の中で褒めてから、「じゃあ行こうか」とフィーを促す。さすがに階段は怖いから無理やりカルを引き剥がして、詰所へ向かう。
「カルのせいで遅刻した」
「お前が放っとかないからだろ」
「うるさい余計なこと言うな」
「はぁ!?この陰険野郎!」
「はいはいどーどー。カルも次は無いからなー。もうご飯一緒に食べないからなー」
「なんで!ひどい!やだ!」
「いやいや仕事しない方がひどいから」
最近甘えたが酷すぎる気がする。
おそらく、多分、百発百中、一歩が来てからだと思うけど。
仲良くしてくれないかなぁという淡い期待は今のところ叶う気配がない。
とりあえずカルが威嚇するのをやめさせないとな、と思いつつ詰所の扉を開ける。ちらほらいた団員が俺を見て、「おせぇぞ」と声を上げた。
「ごめん。カルに捕まったからもう一緒に見回りしてきた」
「またかよ。つーかフィーは先来いよ」
「こいつだけずりぃだろ」
「はいはい俺が悪かったから」
適当に謝って机に移動する。カルはいつものように机の側の壁にひっそり立つ。
護衛みたいでちょっと居心地悪いんだよなぁと思いながら椅子に座ったら、机に置かれた書きかけの調書が目に入ってきた。おい、誰だこれ放り出したやつ。
紙を取って誰の筆跡か分析していたら、「そういえばお前の弟、今日もサリトさんのとこか」と声が掛かった。
「あ、うん。さっき置いてきた」
「へぇ。どうよ調子は。挙動不審はマシになったか」
「まぁ……だいぶ慣れてはきたかなぁ。仕事もなんとかやってるし」
「ふーん。ま、サリトさんも楽になるんじゃねぇの。今まで一人でやってたんだし」
そうだといいけど。
いまだに礼儀正しい一歩に戸惑っているサリトさんを思い出して少し笑ってしまう。あんな子ここにいないしな。
「何か仕事がしたい」と言い出したのは一歩からだった。
一歩が身の振りを考えた時、正直悩んだ。
俺は仕事をしないといけない。ずっと一歩についてるのは無理だ。
かといって、一歩をずっと部屋に残しておくのも、警護館に連れて行くのも気が引ける。そもそも連れ回すのは危なすぎる。
一歩が来て二日目、一通りこの世界のことを説明したあとうんうん唸っていたら、一歩は死にそうな顔で「働きたい」と言いだした。
「え、えぇ?働くって……」
「だって、兄貴は働いてるし、俺だけ、何にもしないのは……」
いやどんだけ真面目だよ。
それに、と一歩は続ける。
「あの、金髪の……団長?が言ってたの」
「ん?」
「……“ここでは役に立たなさそう”ってやつ」
あ、そんなこと言ってたな。あいつめ。
一歩がきゅっと拳を握る。死にそうな顔のくせに、目は真剣そのものだ。
「正直、嫌だ。役立たずなのは、兄貴見てたらわかる。多分こっちじゃ何も出来ない……でも兄貴に頼りすぎんのはやだ。何か、しないと」
……そんな顔で言うことか。
もともと負けず嫌いだった。それは知ってる。でもこんなところでまでそれを発揮するとは。
どうしよう。あいつのいうことは気にするなと言うこともできる。不安でめちゃくちゃ怖いだろうに、わざわざストレス溜まるようなことしなくてもいいと思う。
悩む俺に、一歩は焦ったように身を乗り出す。「それに兄貴も言ってたじゃん」と少し声を大きくする。
「俺の弟だから大丈夫って。慣れたら大丈夫って言ってたじゃん。じゃあ仕事とかして、早く慣れた方がいいだろ」
……言ったな。だって本当にそう思ったし。
あー、もう。
「……わかった。一歩が出来ること探す。さすがに俺の……警護とかは無理だろうから、俺とは全然違う仕事になると思うけど」
それでもいいか、と一歩に言えば、すぐに頷かれる。それなら、一つ当てがある。
しかしなぁ。
「おっきくなったなぁ」
「は?なに?」
「うん。嬉しいってこと」
首を傾げる一歩の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。慌てる一歩に笑う。
真面目で負けず嫌い。
一歩なら多分、すぐに慣れる。大丈夫。
さっそくその日、サリトさんのところに向かった。
一歩の真面目さを最大限アピールして、約三十分説得した。
その甲斐あってサリトさんは不承不承頷いてくれて、一歩は無事、事務専門の下で働くことになった。
今日で八日目。
サリトさんは無愛想だけどちゃんと色々教えてくれると嬉しそうに報告した一歩。
ホッとしつつ、シューナで見習いと称してわたわた働いていた癒しその一を思い出してちょっと笑ってしまった。
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