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本編
1




食って寝たら大概のことはうまくいく。

と、暗示をかけるようにしている。


空腹でも睡眠不足でも脳みそは働かない。
イライラする。余計なことを考える。不安にもなる。そもそも体調を崩す。
だから食べて寝て栄養をやれば、大概のことは脳みそが上手くいくように考えてくれるはずだ。


それがバカみたいに危険なところで生きていく為の、お手軽な俺の処世術である。




「……兄貴さ」
「ふ?」
「……そんな食うやつだったっけ」

そんな、と俺の手元に胡乱げな視線をやって一歩が呟く。
ごくんと柔らかな鳥を飲み込んでから、はてと首を傾げる。

「えー、俺けっこう食ってなかった?」
「食ってはいたけど……いやでもそんなには食ってなかった」

一歩は考えるように視線を遠くへ飛ばして、それから首を振る。そうかなぁ。三食しっかり食べてたけどな。

すると俺の横からハッと鼻で笑う声がした。

「こいつなんかあるたびに飯たかってくるぞ。菓子につられて仕事押し付けられたりしてるし」

うわ、ちょっとちょっと。

「フィー嘘つくのはやめなさい」
「はぁ!?嘘じゃねぇだろこの格好つけ!!」
「あああもー……ひどいよそんなの言わないでいいじゃん……」
「は?そんなんクッソどうでもいいだろ」

やだよ恥ずかしいじゃんそんな食い意地張ってるの。

呆れられた、と恐る恐る一歩を見たら、予想外に仏頂面で驚いた。そしてボソリと一言。


「……甘いのもあんま食べなかったのに……」


うわ出た。ギャップの粗探し。


「……味覚って変わるじゃん?」
「そうだけど……」
「出たよクソガキのめんどくせーやつ」
「あぁ?」
「こら。フィーも毎回やめてよ」
「毎回こいつがウゼーからだろ」
「チビにガキって言われたくねぇ」
「あ゛ぁ?」

始まったよ。これ一日一回はしないといけないの?


ひっくい声で罵り合っている二人から視線を遠くに飛ばして、でもしっかり手と口は動かす。野菜は貴重だ。そんなに多くはないけどちゃんと野菜も煮込みに入れているおかみさんは偉すぎる。
一歩とフィーのやり取りをBGMに、人参っぽい根菜を咀嚼する。

「いい加減諦めりゃいいだろ。こいつはここに染まってんだよ。いちいちウゼェ」
「お前に言われる筋合いはねぇし兄貴がここに慣れてんのは仕方なくだ。勘違いすんな」
「そりゃお前の妄想だろうが勝手なこと言ってんなよガキ」
「礼儀がなってねぇお前の方がガキだクソガキ」

無限ループじゃん。

溜息。でも止めない。空気は最悪だけど毎回口だけだし。止めたら俺に突っかかってくるし。最初より言い方が丸くなってきたかなと思うのは俺の願望でしょうか。


食べ終わった煮込みの器を前に合掌。まだ言い合いをしている二人を見る。

「あのさー、俺もう行くからね」
「は?」
「は?ざけんな」

こういう時だけ息ぴったりなんだから……。

俺を睨んでから急いで料理をかっ込みだす二人は、やっぱり似てるのかもしれない。口が裂けても言わないけども。

「平和だなぁ」

思わず転がり出た言葉に、顔を上げたフィーがへっと鼻で笑う。


「どこがだよ。ラバエラのクソ共がいんだろ」


……たまには現実逃避したっていいじゃん。フィーのアホ。


フィーをじとっと睨めば、せせら笑っていたフィーが皺を寄せて視線を後ろにやった。うげ、と小さく呟く。うん?

「……あとあのイカレ野郎どうにかしろ」

……うん?

そろっと、ゆっくり首を回す。


お店の入口に無表情でこっちを見ている麗しい顔が見えてヒッと声がもれかけた。


「……いやいや、今日カル早番だから仕方ないじゃん。ご飯一緒に食べられないって言ったじゃん」
「知るかよあいつにそんなん通用するか」
「えー……一歩大丈夫?」

こくこく小さく頷く一歩。顔色やばいけど。

フィーには慣れてきたけど、カルはまだまだ怖いらしい。そりゃ会うたびあんな顔されりゃな……。

ていうか。

「カルなんでここにいるのかなー?見回りはどうしたのかなー?」

にっこり笑って入口の方に声を飛ばせば、途端にカルが泣きそうに顔を歪ませた。


「だって!ずるい!俺も一緒にご飯食べたい!」
「昨日食べたでしょ!毎日は無理でしょ!?」
「やだ毎日食べたい!」
「我儘言わない!」
「やだ!」
「やだじゃない!ていうかお店の迷惑だからとりあえずこっち来なさい!」


「……母さん?」
「お前ん家あんなんか」
「……似てきてるな」
「でけぇ子供だな」
「勘弁してくれあんな甥っ子絶対やだ」
「誰でも嫌だわ」


ちょっとやっぱり二人仲良いんじゃないの?



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