本編 30 「フィー、もういいって。大丈夫だから。そのくらい持てるから」 「うるせぇ黙れ」 「もー……」 ガシガシ階段を登るフィーを追いかけながら溜息をつく。 頑として瓶を渡そうとしないフィーは結局寮まで来てくれた。もう平気なのに。 弟分の優しさに嬉しくなりつつ、部屋に辿り着く。横を見れば、フィーは仏頂面のまま扉を見つめている。 ……いいか。もうこの際一歩に会わせとこう。 溜息をついて、ドアをノックする。「一歩、入るよ」と言ってからドアを開く。 中を覗いたら、ベッドに座っていた一歩がホッとした顔を向けてきた。でもすぐにその顔が強張る。 「ただいま。ちょうど会ったから会わせとこうと思って」 固まる一歩から、横へ視線をずらす。フィーはじっと一歩を睨んでいてちょっと緊張する。やだなこのピリピリした空気。 ふぅ、と小さく息を吐いて、微動だにしない一歩へ笑いかける。 「えーっと、ここの団員のフィー。年下だけどすごく強くて良い子、」 「うるせぇ馬鹿子供扱いすんな」 「……あとすごく優しい」 「っ、なっ、はぁ!?」 バッとすごい勢いで俺を振り返るフィー。そうそう。この感じがいい。 ホッとしつつ、顔を赤くさせて睨んでくるフィーに笑う。それから、「俺の弟の、一歩ね」と続けた。 「俺の一個下。一歩も強いよ。面倒見てやってね」 途端黙り込んだフィーが一歩に顔を向ける。ぴしりと音がしそうなほど硬くなった一歩。そのまま数秒見つめ合う二人をハラハラしながら見守っていたら、フィーがハッと声を出した。 ぱっと振り返って、持っていた瓶を突き出す。慌てて受け取ろうとしたら、「似てねぇ」と言われて手が止まった。 「え?」 「こいつと俺。似てねぇ。ふざけんな」 「……あー」 そういえば言ったな。 「いや、顔は似てないって言ったじゃん」 笑って言って、瓶を受け取る。 フィーが微かに笑った。あれ、ちょっと機嫌が良くなっ、 「ちげぇ。こんな弱ぇ奴になんか似てねぇって言ってんだよ」 え、と思うのと同時にフィーが一歩に顔を向ける。 「お前本当にこいつの弟かよ。お前のが似てねぇ」 ぽかんとフィーを見返す一歩に向けて、フィーが吐き捨てた。 一拍遅れて、慌てて「フィー」と止めに入る。 でもうざそうに俺を見たフィーに「てめぇは誰でも甘やかすのか」と言われて口を閉じる。いや誰でもってわけじゃ。 「あいつのがまだマシだ」 「……誰?」 「あのクソ陰険な猫かぶり野郎」 ……カルか。 「あいつの方がまだ根性あるし、クソウゼェけど強ぇし。一人でもいざとなりゃなんとかする」 こいつと違って、と続けて一歩を見るフィー。 容赦ない。一歩はいまだに動けずフィーを凝視している。 援護はしたい。 したいけど、フィーの言ってることも、わかる。 『弱い者は死ぬ』 ここは、弱い者に冷たい。 「……今、来たばっかりだから。落ち着いたら、大丈夫」 何が大丈夫なのか。自分でもよくわからないまま口に出す。 フィーが口を歪める。また甘やかして、とでも思ってんのかな。 違う。一歩は。 「俺の弟だから。弱いはずないじゃん」 言ってから、自分の口元が緩んでいるのに気付いた。 きっぱり言い切った……言い切れた自分に驚いて、でもすとんと納得する。 そうだ。一歩は強い。大丈夫。 「……そりゃ見ものだな」 しかめ面に戻ったフィーは投げやりに言って、一歩にまた顔を向けた。「俺でも勝てるわ」と呟く。 「んだよこの怯えよう。ガキかよ。図々しさ全然似てねぇな」 「そんなこと言わないでくれる?ていうかフィーも俺に勝てないしすぐ突っかかるし一番ガキじゃん」 「はぁ!?ふっざけんな次は勝つ!」 「はいはい楽しみ楽しみ」 「クソウゼェ!!」 吠えるフィーの頭をポンポンと撫でて、また吠えられる。 いつものテンションにホッとして、一歩にそっと視線をやる。 一歩はじっとこっちを見ていた。 目が合う。意外に強い眼差しが返ってきて一瞬驚く。 それに気付いたように、フィーが一歩を見た。フィーを見据える一歩の目がはっきりと歪む。 え。 嘘、なんで。 「……兄貴は……俺は、兄貴の弟だ」 抑えたような、小さな声。 二年前の一歩が頭を過ぎる。さぁっと体温が下がった気がした。 フィーを真っ直ぐ見て……いや、睨みつけている一歩は、明らかに怒ってる。 しかもこれは、相当だ。 「……は、似てねぇって言われて怒ってんのかよ」 フィーの馬鹿にしたような声がして内心悲鳴を上げた。やめろ、挑発すんな。 「それとも弱ぇって言われたからか。弱いだろ実際。そこが似てねぇっつってんだよ」 「ちょ、待ってフィー、やめてお願い」 「は?こいつが睨んでくるからだろうが。つうかお前が甘やかしてるからどいつもこいつもうざくなるんだろ」 「うんわかったからちょっと黙って」 「嫌だ」 「お前も大概わがままだな!やめろって!」 「うるせぇ知るか!そもそもお前が、」 「っ兄貴!!」 部屋いっぱいに響き渡った声にぶるりと体が震えた。 ぴたりと止まったフィーと顔を見合わせて、恐る恐る一歩の方を見る。 身を乗り出して拳を握る一歩。眼光の強さにくらりと目眩がしそうになる。 ああ、そうだった。一歩は、 「───俺の兄貴だ。似てんだろ目ぇ腐ってんのか。勝手に弟ぶってんじゃねぇぞクソガキ」 家族の中で一番、キレたら見境がなくなる奴だった。 . [*前へ][次へ#] [戻る] |