[携帯モード] [URL送信]

text
『滴 A&L』 ※暗


朝日が昇ったって、
暗闇から抜け出せやしない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


エースに抱かれたあの日から、
ほとんど顔を合わせていなかった。

(多分…いや、絶対。避けられている。)

エースは毎日朝日が昇る頃に帰って来て。
すれ違いの生活を送っていた。
あの日から毎晩眠れないオレは、毎朝エースの帰宅を告げる玄関のドアが開く音を聞いていたけど、避けられてるってわかってるのに、自分からのこのこ会いに行く勇気なんてなかった。
ちゃんと飯は作っておいたりしてくれてたけど、喉を通るはずなんてなかった。
自分からあの夜のことをなかったことにしたいの?なんて聞く勇気なんてなかった。


もう、昔みたいな関係に戻ることすら出来ないのかな。
もう、優しく頭を撫でてもらうことすら出来ないのかな。
もう、エースの笑顔をみることすら出来ないのかな。


もう、しょうがねぇなって顔をしてあの優しい声で
「ルフィ」って名前を呼んでもらうことすら、出来ないのかな。


ーーーーーそう考えただけで、自分を包む暗闇が増々濃さを増した気がした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


失う覚悟は、とっくにすませたハズなのに。

未練がましいオレは、ルフィと顔を合わせることが出来ないでいて。
一方的に抱いて傷つけたくせに、逃げ続けてる。
なんて、卑怯なんだろう。

(ルフィ、泣いてた…。)



…泣いた顔にすら、欲情した。

ルフィの体温が

劣情を含んだ甘い声が

しっとりと汗ばんだ肌の感触が

脳裏に焼き付いて。

未だにオレを捕らえて、離さない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ガチャン、真夜中に鉄の音が響いた。
あの晩のように。




ーー寒ィ。

バイト先から帰る途中、雨に打たれてしまった。
雨を吸って重くなった服が、足取りと心をさらに重くする。

ルフィを起こさないように、細心の注意を払いながら靴を脱ぎ部屋に入る。



ーー寒い上に、服が、香水臭くってイヤだ…。

店で絡んで来た女がしつこかったから、今日はいつもより早く上がらせてもらった。
飲み屋でバイトをしているとそういう客はしょっちゅういるが、今日の客は特に酷くて。

ーーさっさとシャワーを浴びて、すべて洗い流してしまいたい。

(ルフィへの気持ちも。あの夜の過ちも。すべて洗い流してしまえたら、楽になれるのに。)

そんな馬鹿げたことを考えながら、そろりそろりと風呂場へ向う。
床が軋む音が、張りつめた空気の中に響く。


もうすぐ前を通り過ぎるというところで、キィーとルフィの部屋のドアが開いた。




久々に顔を見ると自分がした最低な行為を思い出す間もなく。
愛しい気持ちが勝ってしまう。
なんて、ご都合主義な脳なんだろう。

「ーっ! ルフィ、まだ起きてたのか?」
不自然にならないように、うわずった声にならないように。




あぁ…オレ今、きっと最高に情けない顔してる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日も、エースは帰って来ない。

まだあの晩から一週間ほどしか経ってないのに、永遠に思えるほど長い時間を1人で過ごしている気がする。
今晩は、そんな自分の気持ちを表したかのような空模様。

ーー雨すごい。エース、大丈夫かな…。

ただでさえあの晩のことを考えると睡魔なんかやってこないのに、今晩はそれにさらに拍車がかかって。


(エースはいつもいつも自分のことは、後回しだから、心配だな…。)
行き場のない気持ちを抱えて、ぼんやりと天井を見上げていると、ガチャン、エースの帰宅を告げる音。


顔を合わせたら、サヨナラと最終通告を受ける気がして恐かったけど、
エースのことが心配な気持ちのが勝って、重い部屋のドアを開ける。


雨に濡れてびしょびしょになったエースと視線が、ぶつかる。
たった一週間顔を合わせなかっただけなのに、なんだかすごく懐かしい。

「ーっ! ルフィ、まだ起きてたのか?」
そっけないエースの声色に胸が詰まる。

「あっ…雨振って来たから、エース大丈夫かなって気になって…」
なんとか言葉を紡いだと同時に、
鼻にかかる甘い、香水の匂い。




ーーダメだダメだダメだ
そう思っても堤防が崩壊したように、醜い気持ちが溢れて止まらない。

「エース、バイトじゃなかったの?もしかして、デート?だから、最近家にいなかったの?
……オレのこと邪魔になった?」




問いつめるように呟きながら、肩が震えないように、涙が零れ落ちないように、必死だった。


こんな弱いくて惨めなオレをどうか、どうか、嫌わないで。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


久々に顔を合わせたルフィは、なんだかすごく儚げで。




『オレのこと邪魔になった…?』
耳から入って来た思いもよらない台詞に、脳が追いつかない。

「えっ…?」
ルフィが何を言ってるのか、理解出来ない。

「なに、言ってんだ、ルフィ?」
(軽蔑されて、見捨てられるのは、オレだろう…?)




『オレ、エースがいな、いと、駄目なんだ、』
下を向いたまま、堪えるように、ぽつりぽつりと呟く。
『エースがいないと、上手く、息も出来なくって、こんな迷惑かけてばっかりの駄目な弟じゃ、見捨てたくなるのもわかる、けど…おいて、いかないで、』


気付いたら、ルフィを抱き締めてた。
こんなに、華奢だった?
肩が震えてるのが、腕に伝わる。
堪えるような嗚咽が耳に響く。








いつも、いつも、オレは臆病で。
自分の殻に閉じこもってた。
世界にオレの存在していい場所なんて、どこにもないと知っていたから。
全てから、拒まれているのに、愛されたいと願うなんて滑稽だろう?

そんな醜く尖った、周りも、自分自身も傷つけ続ける刃のような殻を
壊してくれたのは、ルフィだった。

自分が傷つくのなんか、構わないって、ひょいっとオレの心の中に入ってきて。
真っ暗でドロドロした自責の念から、引き上げてくれた。

いつだって、オレはルフィに救われてた。

世界中の誰よりも愛しくって大事なルフィをおいていけるはずなんかないのに。








お互いの隙間を埋めるように、きつくきつく、抱き締めて
「オレが、ルフィをおいていくはずなんか、ないだろ」

雨に濡れた髪から、ぽたぽたと滴が落ちる
「ルフィがいないと、オレだって、息も出来ない」

しまい込んでいた、狂気を孕んだ愛しさを吐露して
「お前がいないと、生きていけないのは、オレのほうだ」




きっと、いつか、
自分の歪んだ愛情で雁字搦めにして
ルフィをぐちゃぐちゃに壊してしまう。

わかっているけど
手放すことなんて、出来ない。




「ルフィ、愛してる…愛してる、愛してる」
そう囁きながら、涙で視界が霞んでいくのを感じた。






end






[*前へ][次へ#]

3/11ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!