結婚した男 MarriageC 南美は優花と話をして、すべての謎が解けた気がした。 渉が昔のように笑ってくれない理由も、優花と会っていた理由も、自分に指一本触れない理由も。 優花に携帯番号を聞いて、帰ってもらった。 南美は混乱しながらも、渉の笑顔の…幸せの邪魔をしたのが全部自分だと気づき、自分の身勝手さが許せなかった。 いつか夫婦みたいに…なんて押しつけがましく、勝手すぎる。 「ただいま…」 渉が7時に帰宅。 南美はハッとした。リビングでボーッとしていたら、何も用意してなかった。 「あ…おかえりなさ…ごめんなさい…何も…」 南美が慌ててキッチンに行くと、 「メール見なかった?外で食べようって…」 「そうなの?ごめんなさい。携帯見てなくて…じゃあ、準備してくる」 南美は洗面所へ行き、顔を洗ってから化粧をして着替えた。 「………。」 渉の車に乗ろうとして気づいた。 南美は渉の車の助手席に乗ったことがなかった。 「どうした?」 「…ううん。なんでもない」 南美が首を横に振り、助手席に乗った。 きっと優花は何度も助手席に乗っていた。 それを父の権力で奪ったのは自分だ…と、前なら助手席に乗れる!と素直に喜べたことが喜べなくなった。 「…おいしくないか?」 レストランに来た。 あまり食が進まない南美を見た渉が聞くと、南美は慌てて頼んだオムライスを食べた。 「そんなことないよ…うん、おいしい」 「そうか…」 南美が笑うと、渉も食べた。 南美は、いつまでもこんな風にしていたいと思った。 「話…あるって言ったよな…」 「!」 渉が話をしようとしたので、 「その話…!明日じゃ…ダメかな?」 「明日?」 「うん。明日。今日は…お兄ちゃんとの外食を楽しみたいの…ダメ?」 「…別にいいけど」 「よかった。いただきま〜す」 南美は本当においしそうに料理を食べる。 「おいしい。これ家で作れないかなぁ」 「食べたくなったら、また2人で来ればいいだろう」 「!」 渉の言葉に南美は笑顔になる。 「ありがとう…お兄ちゃん」 南美は、本来なら愛する人から引き離して恨んでもおかしくないのに…渉の優しさに胸がキュンとした。 そんな渉には一番幸せになってほしかった。 南美は一晩考えて…渉の幸せを考えた。 「お兄ちゃん…」 玄関先で、仕事に行こうとする渉にカバンを渡しながら言った。 「何だ?」 「あの…」 「?」 「あの…ね」 南美は、今までで一番テレて緊張していた。 「お願いがあるんだけど…」 「何か欲しいのか?」 「えっと…ね」 南美は耳まで真っ赤になりながら言った。 「いってきますの…チュー…して」 「!」 渉が驚いていたが、南美はテレながらも渉に頼んだ。 「お願い!最初で…最後でいいから…もう、二度とわがまま言わないから…」 「………。」 「お願い…っ」 すると、渉が南美のほほに手をあてて、唇にキスをした。 「…いってきます」 「あ…うん。いってらっしゃい」 南美は恥ずかしくて渉を直視できなかったが、笑顔で見送ると、頭をなでてくれた。 南美は、いつまでもそのぬくもりと余韻(よいん)に浸っていたかった。 でも、そんな時間はもうない。 南美は渉の優しさに感謝した。 「…何をしてるの?」 夕方…南美は、自分の部屋のベットや家具を運んでいた。 そこに優花を呼んでいた。 「見ての通りです。お引っ越し」 「!」 「中田さんに言われたからだけじゃないの。お兄…渉さんが困るようなことは…私だってしたくない」 南美は業者の人と話しながら、優花と話した。 「だから…元に戻すから」 「…そう」 「あ、でもそのせいで渉さんが転勤とか、降格にはならないから。全部…私のわがままだから」 南美は、本心では離れたくなかった。 渉はきっと優花のところに戻りたいんだと思った。 だから結婚してからも会っていた。 「さてと…」 業者はもう荷物を運んでいた。 南美はバックを持ち、渉の部屋のドアのすき間から手紙を入れた。 優花に手を差し出す。 「私は自分のことしか考えてなかった…」 「………。」 「悔しいけど…あなたの方が渉さんにふさわしいと思う」 優花は手を取り、握手をした。 「ありがとう…」 南美がそのまま出ると、外は暗くなっていた。 「!」 エレベーターで1階に降りると、エレベーターを待つ渉に遭遇した。 「どこ行くんだ?」 「あ…ちょっとコンビニ。飲み物買いに」 「外、暗いだろう。一緒に行こうか?」 「!」 南美は渉の言葉を聞き、決心がゆらぎそうだった。 「…大丈夫。近いから…」 「そうか…」 「うん…」 南美はエレベーターを降りて、渉と入れ代わり。 扉が閉まる前に渉に抱きついた南美。 「!」 驚く渉から笑顔で離れた南美。 「えへ…ごめんね。一回…近づいてみたかったんだ」 「…南美?」 様子がおかしいと思った渉だが、扉が閉まる。 最後に南美が言った。 「…ありがとう…お兄ちゃん」 渉は南美の様子が気になりつつも、部屋へ。 「!」 南美がいないのに鍵が開いていた。 渉が中に入ると、 「あ…おかえり。長谷部くん」 「優花!?なんで…?」 優花がエプロン姿でいた。 渉は混乱していた。 「南美に…何を言った?」 抱きつく優花は、渉のぬくもりを確かめるように渉にすりよる。 「事実よ…」 「事実?」 「私と渉が付き合ってたことと…あなたが結婚のせいで立場が苦しくなってること」 「!」 優花はクスクス笑った。 「そしたら、あっさり引き下がっちゃった」 「優花…お前…」 「これで…また長谷部くんといられるわ」 渉が部屋に入ると、足元に手紙が。 《南美です。勝手なことしてごめんね》 部屋の鍵を閉めて、渉は優花に邪魔されないように手紙を読んだ。 《そもそも…お兄ちゃんに望まない結婚をさせて、ごめんね》 ベットに座る。 《中田さんに話を聞くまで…ずっとお兄ちゃんが浮気してるんだと思ってた。でも違った。私が、引き裂いちゃったんだね。ごめんなさい》 「長谷部くん?どうかした?」 優花が外から声をかけたが、渉は無視した。 《お兄ちゃんを幸せにしたいのに、お兄ちゃんの幸せの邪魔をしてるのが自分だなんて思わなかった》 「長谷部く〜ん?」 「…着替えてる。ちょっと待ってくれ」 そう言うと、優花はドアから離れていく。 《だから…もう迷惑はかけたくないから出ていくね。でもね…》 この辺りから、涙で字がにじんでいた。 《南美はお兄ちゃんがずっとずっと大好きでした》 「!」 《だから…お兄ちゃんの手で女にしてほしかったけど…そんなわがまま許されないのわかってるから。それに、最後にキスしてくれたから…嬉しかった》 渉は手紙を見ていて、平常心じゃいられない自分がいた。 《一緒に暮らしたこの2ヶ月…お兄ちゃんのそばにいれた南美は幸せでした。一生忘れません》 渉は、南美の笑顔ばかり思い出した。 《…お兄ちゃん、幸せになってください。南美はそれが一番嬉しいです。本音を言えば…》 渉は部屋を飛び出した。 「優花…!」 《南美がお兄ちゃんを幸せにしたかった…。今まで、ありがとう》 優花の元へ行き、優花に言った。 「前にも言っただろ…?」 「…はぁ…」 実家の部屋のベットに横になり、ため息をついて指輪のない左手をながめる南美。指輪は机に。 さっきまで、父と母はうるさかったが、南美がなんとか一時的に収めた。 「…お兄…ちゃん」 南美は、朝に渉がキスしてくれた唇をなでた。 気持ちはそう簡単に断ち切れない。 「…っ…!」 南美がゴロゴロして眠りかけていると、1階から声がした。 「南美…っ!」 「!」 渉の声がした。 南美は起き上がったが、下に降りる勇気はなかった。 「…渉君、君にも迷惑をかけたね」 「お義父さん?」 渉が南美を呼ぶ中、南美の父が出てきた。 「南美のやつ、気まぐれでな。渉君との生活は退屈だと」 「!」 「いや、誠に申し訳ない。会いたくもないと言ってきかんのだ」 「…南美!」 渉は2階に向かって叫んだ。 「お前にはまだ話がある!聞いてくれるまで…俺はコレにハンコは押さないからな!」 渉は、手紙と一緒に入っていた離婚届を持っていた。 渉は言うだけ言うと、 「…出直します」 南美の父に頭を下げて出ていく。 南美は部屋のドアの前で泣いた。 「お兄ちゃん…」 面と向かって話なんてしたくなかった。 [*前へ][次へ#] |