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結婚した男
MarriageB



受付嬢はなぜか気まずそうに南美を見ていた。
南美もまた渉といた女の人、中田優花(ゆか)と目を合わせられずにいた。
すると、優花が事務的口調で言った。近づくと、香水の匂いがした。

「長谷部く…部長は忙しいの。仕事中なの」

「ちょ…中田さん」

受付嬢が止めるのも無視して優花は続けた。

「おままごとの結婚を職場にまで持ち込ませないで。彼に迷惑よ。わからないの?」

ままごとなんて思ったことはなかった。
だけど、渉が優花にそう言ったのかもしれないと思うと、南美は言い返す言葉もなかった。




お弁当は受付に預けて、南美は父に会った。

「お父さん」

「南美!お前が受付にいると聞いて驚いたよ」

社長室にいた秘書は部屋を出ていく。

「渉さんに会いたかったんだけど…忙しいみたいだから」

「父さんよりもう渉君か?」

「もう…そーじゃないってば」

久しぶりの親子の会話は楽しかった。








「ただいま…」

渉が帰ってくる。
南美はいつものように、玄関までお出迎え。
渉は少しずつ会話をしてくれるようになった。

「お帰りなさい。ご飯ちょうどできたの」

渉が空のお弁当を南美に手渡す。

「忙しくて…悪かった。でもおいしかった」

「!」

渉の言葉に、南美は全身が熱くなる。
飛び跳ねたい気分。おいしいなんて初めて聞いた。

ままごとなんて言わせないと思った。








「…あ、もしもし。お義母様?」

スーパーで買い物をして帰る途中、南美は渉の母に連絡した。

「南美さん?」

「はい。この間はありがとうございました」

渉が一番好きなのはチーズケーキだと教えてもらっていた。

「おかげさまで渉さん…おいしいって食べてくれました」

南美が嬉しそうに笑顔で言うと、渉の母も笑う。

「ふふっ…南美さんの嬉しそうな声はこっちも嬉しくなるわね。渉もそういうところに惹(ひ)かれたのかしら?」

「そんな…お義母様ってば…」

南美がテレると、渉の母はまた笑った。

「初々しいわ〜。うらやましい」







「〜♪」

南美は上機嫌で夕飯を作った。
すると、渉から電話がきた。

「もしもし」

「…あ、渉。悪い…今日仕事で帰りは9時すぎる。夕飯は外で済ませる」

「え…」

仕事と聞いて、嫌な予感がした。言い訳かもしれないと思った。
そんな自分が嫌だった南美は、明るく言った。

「そっか…大変だね。無理…しないでね」

「あぁ…わかった」

電話を切った南美は、夕飯を作るのをやめた。
簡単なものにして、適当に食べようと思った。


すると、外で雨が降る。





今日、渉は傘を持たずに出ていった。
南美は駅まで迎えに行く。今日の渉は電車出勤。
駅からマンションまでは3分くらいだが、南美はそれでも迎えに行った。

「………。」

9時すぎだと言っていたので、9時から待った。
電車が来るたび、渉の姿を探したが、渉は来ない。

もう10時をすぎた。

もう少しで終電。
渉は来ない。南美は、最後まで渉を待ったが、渉は来なかった。
雨はやまずに降っていた。


南美は仕方なくそのまま帰り、歩きながら渉に電話した。
すると、マンションの前に車が1台。
助手席には渉。

「!」

運転席には優花がいた。
渉は電話に気づき、出ようとするが、それより先に優花がマンションの入口付近にいる南美に気づき、

「!」

南美の見てる目の前で、渉とキスをした。
南美はさしていた傘を落とした。
涙がポロポロ落ちたが、雨のせいでわからなかった。

渉は優花と何か話をして、車の中で、電話に出た。

「…どうした?」

渉が電話に出て、南美は電話を切っていなかったことに気づいた。

「あ…今、どこ?」

「まだ…仕事」

「!」

南美は、めまいがした。渉がウソをついた。
今…目の前でキスしたのに。

「もしもし?だから…」

すると、渉がマンションの前にいる南美に気づいた。

「!」

渉と目が合った南美は、傘を拾って、マンションの中に走った。
渉が追いかけてきたが、エレベーターはちょうど1階にいて、すぐに乗って閉めた。

「ふ…ぇっ…」

雨のおかげでわからなかった涙が、ポロポロ落ちた。
南美は、渉とキスなんて結婚式でだけだった。すごく特別なものだと思っていた。

それを優花はいとも簡単にした。

ウソをついてまで一緒にいて…何をしていたんだろうと思うたび、南美の目の前が真っ暗になる。

エレベーターがマンションの階に到着。渉と顔を合わせたくなくて、部屋へと急ごうとしたが、

「南美…!」

「!」

鍵を開けようとしていると、渉に腕をつかまれた。
階段を走った渉は、息が切れていた。
今は渉の顔を見たくない南美。

「ごめんなさい…放して…」

「どこから見てた?」

腕を振りほどこうとする南美に、渉が聞いた。
南美はまた、渉と優花のキスシーンを思い出した。

「…見てない…忘れるから…放して…っ」

「南美…あれは…」

「聞きたくない!」

南美は、渉に名前を呼ばれたくてたまらなかったのに、今は嫌で仕方ない。

「お兄ちゃんが…お父さんの地位が欲しくて結婚したのは…してくれたのはわかってるから」

「!」

「あのくらい…平気になるから…」

南美は鍵を開けると、そのまま傘を玄関に置き、雨に濡れた体のまま、部屋にこもった。

南美は思っていても、ずっと口にしなかったことを言った。







「…南美は渉君が好きなのか?」

ある日の夕食、突然父に聞かれた。

「何?どうして?」

「渉君は会社で実力も評判もいい。育てて…いずれ会社を渡してもいいと思っている」

「そうなんだ…」

「あぁ。だから、南美と結婚してくれると嬉しいんだが…」

「!」

南美は父の申し出に、心が踊る。
しかし、大事なのは渉の気持ち。

「渉さんが了承してくれるなら…私はしたいけど…」








…結局、渉は父に言われるがままに結婚した。
それだけだ。感情もなかった。

南美は突き付けられた事実に耐えられずに泣いた。








「南美…?」

朝、南美の部屋をノックする渉。
いつもと逆だ。

「いってくるから…」

「うん…いってらっしゃい」

南美はふとんから出ずに言った。
顔はまだ合わせられない。

「今日はちゃんと帰ってくるから…話を聞いてほしい」

「…うん」

渉の話が何か…考えるだけで南美は恐かった。
たとえ、感情がなくても、離婚だけはしたくなかった。
別れてしまえば…好きになってもらえる可能性すらない。








しばらく体調が良くなくて、ゴロゴロしていてやっと起きたころ、インターホンが鳴る。

「はい…」

南美が出ると、相手は意外な人だった。

「…中田です。ちょっと…いいかしら?」

「!」

南美は震える手でドアを開けた。

「あがっても?」

「あ…はい。どうぞ」

南美が中に入れると、リビングに行った優花は、ぐるぐると辺りを見渡す。

「紅茶いただけるかしら?たぶん、まだ上の右端の棚にあると思うんだけど…アールグレイ」

南美は優花の言うままに棚を開けると、確かに紅茶の葉があった。

「…よかった。長谷部くん、まだ持っててくれたのね」

「!」

南美は、優花の言葉にドキッとした。
優花が何をしに来たのかわからなかった。





「どうぞ…」

南美が紅茶を出してソファーに座ると、優花はゆっくり紅茶を飲む。

「ありがとう…」

そして、ゆっくり話した。

「…あなた…長谷部くんが好きなの?」

「え…?」

優花は紅茶を置いた。

「だったら…この結婚、なかったことにしてほしいの!」

優花が頭を下げた。

「長谷部くん…部内からもスピード出世に対する不満が出てて…仕事、やりにくそうなの」

「…そんな…だって部長になったのは…」

「もちろん実力よ。私はわかってるけど…周りは納得してないの」

「!」

南美は、自分が結婚に浮かれてる間、渉がそんな苦労をしてるなんて思いもよらなかった。

「長谷部くんのことを少しでも思うなら…別れて…元の状態に戻してほしいの」

「…元の?」

「…長谷部くんと私…付き合ってたのよ」

「!」

南美の体に衝撃が走る。
渉に彼女がいたなんて考えもしなかった。

「私だって…長谷部くんと結婚したかった…夢見てたのよ?」

南美は、もう頭がいっぱいになってきた。
目の前で泣きそうになる優花。

「それなのに…あなたが一瞬で奪った。だから悔しくて…昨日はあんなこと…」

キスのことを言っているんだと思った。

「ごめんなさい…勝手言ってるのはわかってる。でも、長谷部くんのためよ…」

「…!」

「私なら、ちゃんと内側から長谷部くんを支えてあげれる」

南美は…優花に話を聞くまで、どれだけ自分のことしか考えてなかったかを気づかされた。

「だから…長谷部くんを私に返して」

「!」

「お願い…お願いします」




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