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『委員長?さっきはドーモ。ヤリ部屋になってる空き室に連れ込まれて薬盛られてる会長みつけたんですけど、どうする?』

 風紀の連絡用にと持ち歩いている携帯に土屋雫から連絡が入ったのは、彼と別れ松本と今後の方針を決めた数十分後だった。
 ほんの数十分前に別れた松本の顔が浮かぶ。空室は今、ひとつしかない。

「4階か」
『そうそう、エレベーター前のあそこ。3人いたから結構強い薬なんじゃない?途中で放り出して逃げて行っちゃったから会長ヤリ足りないみたいでさ。お願いされたら入れてあげようかと思ったんだけど……あの人結構強情だよね?早く回収した方が良いよ?ああいうの、無理矢理啼かせたい男とか多そ―――』

 会話の途中で通信を切った。
 4階までなら階段を使った方が速い。焦るな、いつも通り動け。冷静でなければ、何かを見落とす可能性だってある。
 誰ともすれ違わないまま階段を上りきり4階廊下を見渡すが、人影はない。電話の様子を思えば、犯人はとっくに消えた後だろう。おそらく……土屋も。


「松…本……っ?」

 目的の部屋に入った途端、籠った空気と一緒に鼻腔を刺したのは不快な情交の名残だった。
 空き部屋の備え付けベッドに寝具などあるはずもなく、マットには誰かが部屋から持ち寄ったのだろうシーツが掛かっている。薄暗い部屋の隅に置かれたベッドに松本の姿はなく、乱れたままのシーツが激しかった行為を物語っていた。
 土屋の電話からそう時間が経過していないはずなのに、松本は無造作だが服を着た状態ですぐ側の壁に寄り掛かっていた。
 羽織っただけのシャツの白さが、薄暗い部屋の中で痛々しく目立つ。

 松本が焦点の合わない目でぼんやりと俺を見た気がしたが、灯りを点けようとした指先はスイッチを押せずに固まった。

「――……血相変えて、どうしたんだよ。風紀委員長さん?」

 乱暴ではなく乱交かもよ、とうそぶく声色が微かに震えている。いつものように俺を挑発する松本の黒い瞳は薄闇に溶け、はっきりと見えないのに、不敵に笑う男の姿が容易に想像できた。

 風紀に入ってから、こんな場面には何度も遭遇した。
 薬を飲まされた直後に救出した生徒もいれば抵抗の痕を酷く残し間に合わなかった被害者も、複数に乱暴され錯乱状態の者だっていた。
風紀委員としてまず行動するならば、後々の事を考えて応援を呼び、決して独りで対処してはならない。被害者に刺激を与えないよう、この場所が安全であることを認識させるために部屋を明るくして落ち着いた動作で穏やかに声をかける。

 何度も繰り返してきたはずなのに、俺のとった行動は……碌に動けもしない松本を、抱きしめる事だった。


「斎……賀っ…?」

 羽織っていたシャツは全開で、露わになった首筋に鼻先を寄せれば何度か嗅いだ憶えのある不快な程の甘い匂いが鼻腔を刺激した。

「―――お前、薬使われただろ?」

 熟し過ぎた、質の悪い果実のような甘さ。
 この匂いを発する薬の被害者は、総じて目を覆うような痴態を晒した。そんなモノを、プライドの高いこの男が無理矢理使われたのかと思うと……はらわたが煮えくりかえる程の怒りを覚える。

「……とりあえず、離…せ」
「……今までに何人か見てきた生徒と同じ症状がでてるな。大丈夫なのか?」
「その生徒達……参考までに…どうなっ、た?」

 松本は小刻みに震えながらも俺の拘束を解き、ほんの少し身体をずらして警戒するように距離をとろうとして、失敗する。
 たったそれだけの動きさえ神経に触るのか、は、はっ、と浅い呼吸を繰り返しながら俯いた。流れる汗と息使いは、際限まで室内を甘く覆う。

「―――苦しいか?」
「ご心配頂かなくとも……もう数人とは楽しませて貰った…っ、じき、治まる……」

 薬の効力は長い。
 過去の被害者達に比べて遥かに自制が効いているように見える松本であっても、独りで乗り切る事は難しいだろう。
 松本はもう動かせない。他の風紀を……呼ばなかったのは、俺だ。

 一晩は効果が消えないと聞いた松本が、嘘だろ…と呟いた。


 俺に凭れかかっていた肢体が、ぶるりと震える。シャツの上からでもしっとり汗ばんでいるのがわかる腰を支えていた掌に伝わる筋肉の動きで、松本が、どれほど性的欲求を抑えているかがわかり―――なら、なら俺が、と声にならない言葉が喉元を通り過ぎた。




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あきゅろす。
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