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 一年の瀬川という生徒が、今まで浮いた話の無かった風紀委員長と交際を始めた。

 それなりに交流のあるクラスメイトに「付き合うことになった」と一言報告した途端、噂は瞬く間に学園中を駆け巡ったようである。
 好意を持ってくれる生徒達の存在は知っていたが、まさかここまでと驚いた。しかも数日後には、松本さえも知っていた。

 能天気にお飾りの会長で満足し、学園の乱れた風紀を謳歌する堕落した男。
 顔を見るたびに苛立ち、年の割に大人びたと言われた俺がガキのように噛みついてしまう天敵。そんな男に、瀬川との仲は公にするなと釘を刺された。

「お前が言うのか」

 親衛隊を性欲処理の道具として扱っている癖に、俺に忠告する思慮深い表情は矛盾していないか?遊びなら良いが本気の交際は秘めろなんて……ならお前は、本命とは秘密裏に逢瀬を繰り返すとでもいうのか。

 イライラする。
 思い浮かべるだけで嫌悪感を催す男の一挙手一投足に振り回される自分に。





 風紀内である憶測が浮上したのは、そんな時だった。

『学園内で、売春行為が行われているかも知れない』

 普通に考えれば富裕層の子息しか在籍が許されない学園内で何を馬鹿な、と一蹴される話である。俺自身今回の一件が無ければ、脳裏のほんの片隅にさえ思い浮かべもしなかっただろう。

 普段から素行の悪さで注意の多かった1年生が、ある日ふと口にした一言。

『先週退学したルームメイトが言ってたんですけど、この学園ってヤリサーみたいな秘密クラブでもあるんですかね?委員長知ってます?』

 へらへらと笑いながらも狐のような目で俺を観察する土屋という下級生に、俺は何故そう思ったのか問うた。土屋の話はだから?と聞き流してしまえばそれまでの、病んだ生徒の発した意味のないものだったのかもしれない。
 自分でも何がそんなに引っ掛かったのかわからないまま、喉に詰まった骨のように上手くのみ込めなかった。


「……何してるんですか?」
「気になる生徒を書きだしてるだけだ」
「1−B土屋、山口、1−D高坂、1−E松波……ああ、素行の良くない生徒ですか」

 俺の手元にある紙を覗き込んだ藪が、得心したらしい表情で目を細めた。
 1年から順に書きだしていたのは学園内でも風紀が乱れていると思われる生徒の名前だ。親衛隊持ちの数人は除外してみても、各学年に一定数いる事に気づいて頭が痛くなる。

 会議で委員全員に一連の流れを説明したところ、秘密裏のクラブというよりも売春では無いのか、といった意見がでた。
 売春?伝統ある学園でそんな行為に何の意味があるのか。現金が必要ない生活の中で、大金を持ち歩く生徒もほぼいないだろう。
 
 確かめてみたところ、名簿に載せた生徒達は誰ひとりとして接点が無かった。土屋と退学した栗林が同室だったという以外友人関係にある生徒同士の繋がりさえみえないのは、穿った見方をすれば不自然だと言えなくもない。

「―――とりあえず、1年の土屋にもう一度詳しく話を聞いてくる。念のため生徒会にも話を通しておくつもりだ」
「この際会長連れて行った方がはやくないですか?」
「………そうだな」


 杞憂ならそれでいいが、事が事だけに生徒会としての意見も聞きたかった。



 桃色の髪の生徒の印象は一言で表せば、胡散臭い、だ。
 元々が何度も注意を促していた生徒だ。
 今回の発言自体に不審な点や問題がある訳では無く、どこか面白がるような空気や松本を見る時の粘ついた視線が気に入らなかった。あからさまな欲望を含んだ接触に平然と受け答えする松本にも腹が立つ。
 セフレだと?風紀委員長である俺の前で、よくもまぁそんな会話が出来るものだ。

「……風紀の前で堂々と乱れた話をするな。この馬鹿が」

 吐き捨てるように言った俺の言葉さえ、松本は肩を竦めただけで聞き流した。

 俺の言葉は、いつも目の前の男には届かない。


 イライラとするのはその所為だ。
 何時も何時も、感情を爆発させるのは俺だけで、こいつはどんな気持ちも軽く笑って無かった事にする。


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