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「委員長、昨日の巡回報告書です」

 そう言って日誌を目の前に置いたのは、2年に上がり風紀副委員長に就任した藪だ。
 俺が風紀委員長に任命されると同時に、自分は形にこだわるタイプだからと、俺に対する呼び名が斎賀から委員長に変わった。
 


 親友とも呼べる関係だったはずの松本と、決定的な亀裂が生じたあの日から、俺達はそれまでの関係が嘘のように疎遠になっていった。
 突然話もしなくなった俺達をはじめは周囲も心配したが、やがて口にもしなくなった。松本の態度は、憎らしい程に終始変わらないまま、何を言われても、どんな風に扱われても飄々と受け入れて……今でさえ、時折皮肉を交えた攻撃を仕掛けてくることが信じられない。

 それがどんなに俺の神経を逆なでしているかなんて、知りもしないのか、知っていてそうしていたのか。聞くことも出来ないまま、進級と同時にクラスさえ離れた。

 風紀委員長になった俺と生徒会長に就任した松本は―――今では犬猿の仲だと噂されている。




「―――この、委員長が長谷部先輩と巡回した時に保護した1年生ですが」

 藪の指が、俺が目を通していた書類を数枚めくり目当ての報告書を抜きだした。3年の長谷部が作成した報告書には、昨日俺と2人で遭遇した揉め事の詳細が書かれている。
 人気のない通路を通っていた1年生が、運悪く絡まれていたのだ。

「此処に呼んでます。あと少しで顔を出すと思いますよ」
「此処に?」

 他の風紀がいない早朝に、わざわざ風紀室まで呼びつける生徒。脳裏に浮かぶ昨日の生徒の姿は、別段どうという事のない大人しい少年だった。



「1−Cの瀬川孝之です」

 昨日の通路よりも日当たりの良い風紀室に立つ瀬川は、自己紹介したあとチラリと藪を見て、そのまま口をつぐんだ。

「―――こいつ、俺の親戚筋です。と言っても追えないぐらい薄い血ですけどね」
「家からの報告はきてないぞ」
「そりゃ言う必要ないぐらい遠い関係なんで」
「なるほどな」

 義弟がこの学園に入学するのは再来年。それに合わせてという訳だろうか。

「ちなみに瀬川には3つ下の弟がいます」
「兄弟共に学園にお世話になる予定です」

 藪は、出来過ぎた補佐だ。

 正直、義弟との仲はそう悪くない。問題は不相応な欲を持ちだした義母なのだが、今のところどうこう動く程でもない。

 瀬川の存在をすんなりと受け入れた俺に対して、藪がどこかホッとした様子で首の後ろを揉み込んでいる。

「よかった。潔癖な委員長に受け入れて貰えるかが問題だったんですよね。子供の弱みを探るなんてー…って」
「お前は俺を何だと思ってるんだ……大体、向こうも子飼いを入学させて俺を見張っているに決まってるだろ。弱み云々は別として、情報は入るに越したことはない。そんな話よりも、彼はどうするんだ?」
「彼?―――瀬川、ですか?」
「ぼ、僕?」

 空気のようにひっそり立っていた瀬川の薄い肩が、名前を呼ばれると同時に小さく跳ねた。
 これといった特徴のない容姿ではあるが、穏やかそうな雰囲気と小動物を思わせる動きは、保護したいと思うか踏み躙りたいと感じるかがわかれそうだ。それがわかるぐらいに、俺も学園の空気に毒されたという事だろうか。
 舌打ちしそうになるが、瀬川を委縮させるだけだろうと唇を結ぶ。

「1年の風紀の前では取り繕っていても、一生徒である君なら見えるものもあるだろう……出来れば、来年からと言わず普段から何かあれば報告して欲しいと思ってるんだが。どうだろう?」
「僕でお役に立てるなら、喜んでお手伝いします」
「ありがとう」

 敵味方の区別がつき難い学園内で、信頼できる味方は貴重だ。
 問題は、風紀でも無い1年生が俺や藪と接触していてもおかしくない理由と、恐らくこの学園では手を出されやすそうな特徴を持つ彼の保護方法を考えること。

 どうしたものかと立ちあがり、後ろの窓から外を眺める。
 一般生徒が登校するにはまだ少し早いこの時間、それでもひとりふたりと校舎へ向かう生徒の姿はあった。そのなかに―――間違えようのないシルエットを見つける。まだ遠い影は小指ほどで、それでも間違いないと確信できてしまう自分が腹立たしかった。

 隣に並ぶ明るい髪色の小柄な生徒は、会計の大島だろうか。

 顔も判別できない状態でも、なぜか真っ直ぐにこちらを見上げているだろう黒い双眸が脳裏に浮かんで、断ち切るようにブラインドを下ろした。


「ところで瀬川、俺と付き合えるか?」
「え?」
「委員長?」

 悪趣味だとわかっていながらも唖然と口を開けるふたりの表情に、さきほど感じた微かな痛みが、ほんの少し和らいだ。気がした。


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あきゅろす。
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