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「さ、いが……?」

 慌てて起こされた上半身から薄い布団がこぼれ落ち、上気したままの肌が露わになる。

「動くな」

 咄嗟に口をついて出たのは、制止の言葉だった。
 
「………見舞いに来てくれたのか」

俺を見る松本の瞳はほんの一瞬驚きで見開かれたが、小さく身震いした後、皮肉気な笑みを浮かべた。俺は、人からこんな馬鹿にしたような表情を浮かべられたことはない。湧きあがる怒りの感情が、強くなる。
見舞いだって? 
 ―――ああ、そうだ。慣れない身体に無理をさせたんじゃないだろうかと、柄にもなく心配した。

「心配して見舞いに来た結果がこれか……」
「それは悪かったなぁ」

 悪かったなんて微塵も感じてないであろう口調。誠実さなど微塵も感じさせない態度は、いつもと同じようでいて、なんとなく違和感を覚える。まだ一度もしっかりと視線が絡まないせいだろうか?

 勢いよく立ちあがった松本は予想通り下着ひとつ身につけてはおらず、反射的に目を逸らした。そんな俺を完全に無視する形で松本は落ちていた下着だけを穿き、クローゼットを開けると服を取り出す。
 会話のない数秒の間に、渦を巻いていた感情の波が少しずつ静まっていく。
 思えば、昨日から様子はおかしかったのだ。

 流されるように抱き合ってしまい、互いの気持ちを伝えあうことさえしなかった。


「松本……さっきの親衛隊の先輩は…」

 もしかしたら、完全な合意では無かったのかもしれない―――そんな期待が、確かにあった。

「先輩?ああ、あの人ここ最近抱かせて欲しいって煩くてな。でも俺が初めてだってなったら絶対粘着質になるタイプだろ?今でも結構なのにさすがにソレはなぁ……斎賀がお試しでセックスしてくれて助かった」
「お試し……」
「―――…なに?男同士のセックスに嵌っちゃった?お前なら遊び相手なんてすぐ見つかりそうだよな。修羅場にならないよう気をつけろよ?」

 部屋着を両手に抱え中腰の姿勢から立ちあがった松本に、不自然さは消えていた。
 いつもの、軽口をたたく友人がそこにいる。揶揄するように凛々しい目元を細めニヤリと唇を歪める姿は、俺をからかう時の松本だ。


「身体ベトベトで気持ち悪ぃから流してくるわ。帰るんなら勝手に出てくれていいぜ。鍵なんて閉めねーんだし」

 じゃあな、とバスルームに向かった松本は、最後まで俺を正面から見ることは無かった。

 松本が消えた後もぼんやりと立ちつくしていた俺の頭の中は、自分でもどうなっているのかわからない。
『お試し』
 ……そうだ、あの時、確かにアイツは「ちょっと試したいだけ」だと言った。「お前が好きだとか気持ち悪ぃことは言わない」「無いから」とも。


 そうだ。
 そうか。
 試したかっただけだったのか。
 後腐れなくセックス出来る相手。友人だなんて―――ましてや、抱き合う理由が存在する特別な関係だなんて……勘違いも甚だしい。


 四ノ宮の後継者は、常に冷静でなくてはならない。
 幼少期より叩きこまれた教えは、骨の髄まで滲み込んでいる。俺は静かに息を吸い込んで……染みひとつ無い真っ白な壁を、握り締めた拳で殴りつけた。

 ドン、と鈍い音をさせ、痺れる拳は壁に埋もれた。
 

 惨めに開いた壁の穴は、間抜けな今の自分のようだった。
 あれほど渦巻いていた感情の波はもう、穏やかな海のように凪いだ。
 
 二度と訪れる事はないだろう部屋を一瞥してから、俺は滑稽な空間から退室した。


「………くだらない」



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あきゅろす。
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