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 松本祐耶という男は、不思議な壁のある人間だった。

 こんな閉鎖的な学園に放り込まれる人間だ、特殊な環境の者もいれば、癖のある者もいる。それでも1年生なんてのは、まだ中学生に毛の生えたような子供だ。
 一人きりで3年間を過ごす勇気など無い彼等は、程ほどに波長の合う者を探して、自然とグループを作りだした。
 大人しい少年達はひっそりとした輪を。明るいお調子者達はにぎやかなグループを。

 そんな中、ひと際目立つ松本は、なぜか独りだった。
 付き合いが悪いのかといえばそうでもなく、誰とでもジョークを交えて会話する術は、入学して間もないのに『生真面目』のレッテルを貼られた俺とは大違いで。
 飛び抜けた容姿は上級生から見学が来るほどなのに、それに奢る様子もない。愛想がいい訳ではないけれど、時々、話しかけられずに周囲をウロウロする可愛らしい同級生をさらりと無視したりする。

 誰もが、彼を無視できない。
 好意であれ苦手意識であれ、その存在を消し去れないなんてのは、たぐい稀なカリスマ性というやつなのだろうか。



 藪と別のクラスになった俺は、気がつけば松本と行動を共にする事が多くなり、傍から見れば親しい友人に見える―――いや、親しい、のか?

「――お前がどうして俺の部屋にいるんだ」
「飯食った後休憩するのに、お前の部屋の方が近いからじゃねーの?」

 そしてなぜお前が、俺のベッドでオヤジのようにあたりめを食っている。
 胡乱な視線を感じたのか、寝転がったままの松本が袋からもう一本取り出して「食うか?」と俺に向けてきた。食わない。

 時々、こうして松本が俺の部屋で寛ぐのが当たり前になりつつある。何か話をする訳でも無く、俺がいつものように参考書でも開こうかと棚の本の目を向けた時、机に置いていた携帯が鳴った。
 藪からの『今から伺います』との連絡。
 画面を確認してから、相変わらずあたりめだけを食っている松本に、これから人が来るからと声をかけた。

「クラスの奴?」
「―――いや」

 同級生とも部屋を行き来するほど親しい間柄の人間が(松本以外)いない俺の部屋に、他のクラスの生徒が訪問すると聞いても、松本は別段驚いた様子もなく「へぇ」と平坦な声をだした。

「………じゃ、帰るわ」
「ああ」

 松本が部屋にいたとしても、藪は友人としての対応で上手くかわして、大切な話があれば深夜にでももう一度出直すだろう。しかしそうならないだろう事はわかっていた。
 目の前のクラスメイトは、自分から誰かと親しくなるきっかけをあまり作らない。ここにも視えない壁がある。

 その壁には俺も阻まれているんだろうかと、立ち上がって出て行こうとする『友人』を見送った。




 松本が部屋へ戻ってから程なくして、藪がやってきた。

「先程、廊下でA組の松本祐耶とすれ違いましたよー。もしかして、ここに来てました?」
「ああ」
「ふーん……」

 どこか含みのある藪に、なんだ、と聞けば、この男にしては珍しく逡巡する。

「ま、―――こういう話をするは、此処ではタブーなんですけどね」

 そう前置きした藪の話は、確かにこの学園ではタブーに位置する……松本祐耶の素性だった。



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