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 いつもは飄々とした姿しか見せない癖に、ふとした時にこんな風に兄としての一面を覗かせる。
 人の心配をしている場合じゃないだろう、と余計なひと言が口から零れそうになって、祐耶はテーブルに置いていたペットボトルの水を喉へ流した。


 蓮がソファで寝そべるのは、酷使した身体がキツイからだ。
 この部屋へ来るのは大抵仕事の後、一人になりたく無くて、何かを確認するかのように扉を開く。壊れまいと必死なのは…誰もが一緒なのだから。

「なあ、アイツとは…連絡、とらないのか?」

 ふと洩れてしまった問いに、蓮の気だるげな視線が鋭いモノへ変わる。

「――悪い。でも聞かれるのが嫌なら、お前も俺の事にあまり口を挟まないでくれ」

 顔を逸らす事で逃げたのは、祐耶の方だった。
 手に持つペットボトルに目を向けたまま、そう言えば、小さな溜息が聞こえてきた。
 檻へ入る直前まで近くにいた幼馴染が脳裏に浮かび、牽制とはいえ、残酷な言葉を放った自分に嫌気がさす。側にいたからこそ、兄の決断も諦めも誓いも、全て判っていた筈なのに、だ。


「…僕の方こそ、ごめん。そうだよね、お互い、そこまで余裕がある訳でも無し。でも…どうしても駄目になりそうなら、僕を頼って欲しいんだ。お互いに、だよ?」
「ああ、――そうだな」

 返事を返しながらも、互いに縋る事はないのだろうなと、思う。分かっていて言葉を紡ぐ、これはいつもの儀式のようなものだった。


 掌が、冷えたペットボトルの水滴で濡れる。
 自分達は、この表面についた流れる水滴なのだろう。透明だが厚いプラスチックの檻に阻まれて、決して中の水と本当の意味で交わる事は出来ない。最後は…流れ落ちて、消える運命なのだ。

 蓮には、落ちた先に懐かしい幼馴染が居るはずだった。それだけを頼りに、アイツは生きている。



 なら―――自分は?



 考えるなと、心の奥底で誰かが忠告する。
 求めるのは解放された後の自由だけ。そうでなければ……ボトルの水は飲み干せない。



「とりあえずは、そのモンシロチョウとやらを採取しないとな」
「…だね。僕らが成功しないと、あの子最悪の処理の仕方で引き離されそうだもん」

 いやぁ、良い事するんだから前向きにいこうか、と明るい声ではしゃぐ蓮を無言で見つめた後、飲み干したペットボトルを黒い箱に向かって投げ捨てた。

 プラスチックはカランと軽い音を立てて、深い穴へ沈む。




 ―――さて、彼は上手く救われてくれるだろうか?
 それとも……更なる混沌へ招く事になるのだろうか。


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