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「……松本様」

 影のように揺らめいて姿を現した尾崎は、前任の隊長から全てを一任され、祐耶の親衛隊長の座位についた男だった。

 初めての隊長は2つ上で、彼が卒業する際本来なら最上級生がなるはずのその職に、なぜか祐耶と同級の尾崎に引き継がせた。そして皮肉にも、祐耶に抱かれたいと集まる生徒が大半の親衛隊のなかで、抱きたいと懇願する男が2代続けて隊長となったのだ。

 彼らのおかげで、なにかと目立つ祐耶達が複数プレイや輪姦強姦の被害に遭い続けなくても済む――おそらく、空き部屋での件もどこからか調べて、何かしらの対処をした後だろう。
 本来なら『餌』である自分達に拒否権も選ぶ権利さえないのだが…生徒達が自主的に行う行為なら、なんら問題はない。
 それらの報酬ともいえるモノは、毎夜支払い済みなのだ。
 どちらにしろ親衛隊の人数を考えれば、有り余るほどの生徒の処理を任されているとも言えるではないか。


「――松本様…」

 再び祐耶の名を呼びながらも、決定的な距離までは歩み寄らない。
 まるで、犬の様だと思う。主に忠節を誓いながらも…欲情に塗れた想いを隠そうともしない。哀れな犬。

 ――大方、先程の瀬川との接触でも見ていたんだろう。

「いらないゴミをやっただけで嫉妬か?器の小さい男だな」
「っ!いえ…そんな事では…っ」
「なら、なんの用事だ?」
「……それ、は…」

 図星らしく、背の高い尾崎が俯いたせいで、普段は見えないつむじが視界に入る。しかし狼狽したのは一瞬で、すぐに体勢を整えた。
 ずいと、一歩進み出た事で距離が近づく。

「あの生徒は、風紀委員長の恋人と噂されている者です。無闇に近付いては、松本様にどのような害が及ぶか」
「…害、ね」
「……申し訳ありません。出過ぎた真似でした」

 殊勝に頭を下げるも、尾崎の声に反省の色は無い。
 そのまま密着するほどに側に来たかと思えば――祐耶の耳元で「松本様…」と三度目の名を呼んだ。


「――今夜は自分が窺う番なのですが……少しだけ、先に触れる事を…許して頂けないでしょうか」

 押し殺せないまま垂れ流される熱の籠った声色に、祐耶は笑いだしたくなるのを我慢しなければならなかった。
 代わりに、含んだように「此処でか?」と問いかける。

 尾崎の切れ長の双眸に、馴染んだ狂おしさが混ざる。



 こんな自分に本気になる男を滑稽に感じながらも、何も知らない事を、哀れにも思う。

 反面――求められるまま四肢さえあけ渡せば満足する彼等に、どうしよもない苛立ちも感じるのだ。
 結局自分達は、どう立場が上になろうが『餌』でしかないのだと、否応にも突きつけられる。



 この学園の檻の中では、誰もが人形のように操られ、家畜のように気付かぬうちに自由を奪われている。


 脇道に逸れながら人気の無い庭を目指す愚かな男の背中を見つめながら、祐耶は抑えていた苦い笑いが零れる事を止められなかった。


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あきゅろす。
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