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狼と忠犬
風紀の基本は質素倹約
 眩しい金髪が視界から消えたところで、タイミング良く早苗さまが来た。

「悪いな。待たせた?」
「いえ、大丈夫です。」

 鞄と一緒に食堂の使用している紙袋を提げた早苗さまが、手ぶらの俺を見て首を傾げながら風紀室のドアを開けた。

「友近、鞄は?」
「この世には置き勉という画期的な方法が。」
「あとで部屋まで取りに戻れよ?風紀委員が手ぶらじゃ格好つかないぞ。」
「……はい。」
「うん、それで真壁からのデータは……ありがとう、朝から悪かったね。ところで朝食べる時間あった?」

 真壁から預かったUSBを早苗さまに渡し、朝食はまだですと答えれば、なら、一緒に食べようと早苗さまが手にしていた紙袋を振った。
 どれがいい?と机に広げられたサンドイッチは6種類もあって、さすがの俺でも彼が自分の分だけを用意したのではないと理解する。

 一番手前にある2種類を手繰り寄せれば、早苗さまは俺の選んだツナサンドを玉子サンドと入れ替え「好きだろ?」と爽やかさ満載で言われた。この方の笑顔ほど胡散臭いモノは無いが、玉子サンドは確かに好きだ。礼を言って、飲み物を用意しに給湯室へ向かった。
 それなりの広さがある給湯室だが、置いてあるのは電気ポットと『開けたら閉める!』と書いた紙が貼られている小型冷蔵庫だけだ。
 頭上の棚を開けて紙コップとカップホルダーを取り出した。蒲生シールの付いた箱からスティック状のインスタントコーヒーをコップに入れて湯を注ぐ。本格派の生徒会に対抗するように風紀は質素倹約、味より効率を重視しているが、俺にはこっちの方が性に合う。


 今頃、日影さまは朝食を食べ終わった頃だろうか……
 俺以外の誰かが日影さまの正面に座りなんなら親しげに話しかける様子を想像しただけで、ポットのボタンを押す指に力が入った。
 まさか、一方的に話しかける相手に対して頷く日影さまの気だるげな色香に血迷った愚か者が、これを機会にお近づきになりあわよくば俺のポジションに取って代わろうと!?許さん!許さんぞ山田(仮)あああ!!!!
 俺の脳内では、既に山田(仮)が無関心な日影さまの隣に我が物顔で陣取り関心を引こうと愛想を振りまく光景が、それこそ走馬灯のように駆け巡った。
 や〜ま〜だ〜!!!
 ポットからお湯が流れる合図音がブーと流れ続け、山田(仮)に対する憎しみで俺の指が更にボタンを押す。おのれ山田(仮)、許すまじ。

「友近、お湯が溢れてる。」
「あ……っ。」

 給湯室の入口から顔を出した早苗さまの声で我に返れば、コーヒーは紙コップから零れていた。

「ああー…っ。」
「指は?火傷してないか?」
「あ、はい、斜めにしてたので大丈夫ですが、コーヒー、薄まり過ぎて無駄にしてしまいました……すみません。」
「はは、倹約倹約煩いけどそんな事で怒ったりする訳ないだろ。」

 平謝りする俺に笑顔で応えながら、早苗さまは2人分の飲み物をさっさと作って持って行ってしまう。
 慌てて汚れたキッチンカウンターを綺麗にしながらも、朝からご機嫌な風紀委員長に首を傾げる。何故なら、先週同じ失敗をして叱られていた風紀の先輩を俺は見ていたからだ。届けたUSBはそんなに重要な情報だったんだろうか……だとしたら真壁は良い仕事をした。

 急いで戻れば、俺のサンドイッチと飲み物は平委員が共通で使うデスクではなくど真ん中の応接テーブルに移動されていた。そして自分の席に座らずソファに腰掛けた早苗さまが良い笑顔で真向かいのソファを指差している。

「まぁ座って。」
「……はい。」

 言われた通り腰掛けながらも、俺はテーブルに置いてあるパンフレットに目を止めた。
 早苗さまがそんな俺の視線に対してなのか、ふふっと小さく声を洩らす。顔を上げればやはり笑顔……というより苦笑に近い。

 A5サイズのパンフレットには、この学園と一緒に数校の見知らぬ建物が印刷されている。入学当初に諸々の書類と重ねて配られた覚えのある印刷物だ。パラパラと一通り目を通してから、俺には関係ないかなと処分した記憶があった。



『姉妹校との交換留学手引き』


 俺には関係のないパンフレットが、何故か今、目の前に置かれている。


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あきゅろす。
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