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狼と忠犬

 署名入りの用紙を満足気に確認した日影さまは、紙を机の上に戻して隣の席に腰掛けた。

 窓の光が右肩にあたるその場所は、つい先日も向かいの校舎から覗……ああ、そうです、日影さまは毎回座ってから気づいたようにブラインドを降ろされるんですよね。知ってます知ってます。

「あと、俺の親衛隊だった何人かと繋がって貰う事になる。」

 そう言って日影さまがあげた名前は、親衛隊で中心的な役割を担っていたような生徒ではなく、どちらかといえば影の薄い数名だった。
 隊長や幹部の皆さんならわかるけれど、なぜにこの面子なのだろうと不思議に思う程に目立たない彼等と、繋がる?


「お前のアドレスは教えてあるから、今夜にでも連絡が入るだろう。」

 はい、と返事をする俺の前で早苗さまが小さく笑う。

「自分の子飼いを各親衛隊に潜り込ませるとか、副委員長に就任して早々にやることがえげつないと思わない?友近。」
「………。」
「風紀で飼ってる情報屋が3年生だって聞いたから、慌てて下地作ってんだろうが。」
「ほんと、優秀な後継者が出来てうちも安泰だな。」

 はははは、と気持ちの全く篭らない爽やかな笑顔の早苗さまと、「そりゃどうも。」とこれまた抑揚のない声の日影さまの姿が眩しい。

 なるほど、日影さまの親衛隊だったと知られていないような生徒達が選ばれて、各親衛隊に潜り込んでいるのか。確かに副委員長に就任されたばかりの日影さまには、独自の情報ルートが無い。

 日影さまには、手足となって動く駒が必要だ。
 風紀に入って、俺でも日影さまの手足となり役立てる日がくるのかと思うと、小躍りしたくなるほど嬉しかった。
 すでに脳内では数人の俺が不思議なダンスを踊っている。そして現実世界では、横で風紀のツートップが風紀委員の人材不足を憂いでいた。

「今うちには機械に明るい人間がいない、ってのが問題なんだよな。」
「……心当たりが無くも無いが、そいつが入るのは来年だ。」
「来年入試予定なのか?」
「いや。中等部に在籍してるが、殆ど学校には行ってない。今の内から声かけて、2学期からでも授業は受けさせる。」

 入ったばかりの平の前でこんな会話をしていいのだろうかと心配しつつ、俺は空気になりきろうと努力する―――つもりだったのだけれど、機械に明るい、の言葉に反応した。

 おふたりがどのレベルまでの技量を求めているのかまではわからないが、数えるほどしかいない俺の知り合いに一人、コンピュータに詳しそうな生徒がいます。ええ、セキュリティもなんのその煩悩パワーでストーカー……対策としての同好会活動に精を出していた、元代表くんが。


「あの……。」

 話し合いの邪魔をして申し訳ないと恐縮しながらも割って入った俺の話は、怒られること無く最後まで聞いて貰えた。
 日影さまは真壁の顔を思い浮かべたのか、「あいつか」と呟く声は低く、その表情も若干苦々しい。

「ストーカーが役に立つなんて、ラッキーだなぁ。」
「うるせーよ。」

 増員増員。とご機嫌な早苗さまをひと睨みしてから、日影さまは取り出した携帯で誰かと連絡をとった。

「―――俺だ。今すぐ1−Bの真壁を特別校舎の風紀室まで連れて来てくれ……いや、拘束は必要ない。」


 もうすぐ真壁は此処に連行されてくるようだ。

 いきなり風紀委員に引っ張られて、訳もわからずに連れて来られるのだろう猫背の男を想像して、俺は心の中でそっと手を合わせた。
 ふたりで日影さまのために力を尽くしましょう。


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