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狼と忠犬
遅刻の理由は寝坊ということでお願いします
 少しだけ開いたままの扉からは、もう誰も顔を覗かせることが無いとわかっているのに俺はボンヤリとその隙間を見つめる。

「……放課後に、風紀室。」

 告げられた同じ言葉を舌先に転がせば、甘い唾液がのど奥を通り過ぎた。
 俺の口に放り込まれたチョコレート。


 その行方を経過途中と一緒に思い出して―――むせた。

「んぐっ!?……っげほげほげほっ!」

 瞬間に止まった呼吸と同時に、飲み込みかけていた唾液が気管に入る。
 そのまま盛大に咳き込み、咳き込み、「うわあああああ!」と叫ぶ俺の脳内とリンクしてリバース。

 そう、リバース。

「おげえええええええ。」


 嬉し泣きとか漫画でもよく読むけれど、嬉しゲロってあるんですね。







「――――なにやってんだ?」
「床掃除です。」

 フローリングの床を一心不乱に拭いている途中でチャイムが鳴る。訪問者は無精ひげに咥え煙草の寮監だった。

 俺の手にある雑巾に目を向けながら寮監が聞いたので、風呂場と何度か往復した自室を指差す。彼が来る用件はひとつだ。

「ガラス、割ってしまってすみません。」
「おお、さっき瓜生から聞いて来た。おおー見事に……不法侵入後みたいになってるなぁ。」
「同意です。」
「あーそう。業者には連絡しといたから、今日中には取り換えられるが勝手に部屋に入れて大丈夫か?俺も付いてるが、あ、これ部屋に入って作業する為の承認用紙。一番下に部屋番号と名前書いて。」
「わかりました。」

 床は最後の乾拭きだったので、ひと拭きしてから立ち上がった。
 雑巾を風呂場へ持って行ってからペンを探そうとして、リビングのテーブルに紙を置いた寮監が手にしているペンをひらひら振っている姿をみつける。

「書いといてくれるか。その間にあっちのガラスも片付けるから。」
「それは、自分で片付けます。」
「んー…来たついでだから、持って帰っといてやるわ。その代り今度また部屋片付けに来てよ。」

 俺は前回足の置き場程度は確保したはずの寮監室を思い浮かべながら、「わかりました」と頭を下げた。
 あれからそこまで経ってないはずの部屋が、どうしてまた片付けを必要とするほどに散らかるんだ。


 持ち込んでくれたらしい新聞を広げて、軍手をした寮監がせっせと割れたガラスを集める。

「そういえば、ガラスはそのままで床掃除って……お前どこ拭いてたわけ?」
「……ちょっと別件で床を汚してしまって。」

 窓から冷たい空気が入り続けることが幸いして、嘔吐臭は消えていました。換気よ、ありがとう。


 別件をどう解釈したのか、火の点いていない煙草を唇で器用に上下させながら、寮監は珍しくねちゃっとした笑顔で親指をたてた。
 誤解です。
 たんなる嬉しゲロなんです。



 そんなこんなで、俺は本日遅刻しました。


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