狼と忠犬
3
引っ張られ過ぎて痺れる耳を両方押さえながら、やっぱり俺を見つめている日影さまを見つめ返す。
離れ離れになった間に綺麗な銀色に染まった髪は、硬質にみえて本当は柔らかい事も知っている。冷たく感じるややつり上がった双眸は、心を許した人間に対してだけは稀に優しく細まる事だって、知っている。
ただ、その瞳が俺に向けられたのは―――もうずっと昔、小学生だった頃だけ。
だけだった、のに。
「こ、この先……もう俺なんかが用済みになって側に置いて貰えなくても、俺の主は、一生、死ぬまで、日影さまだけです。」
言い切った。
このタイミングで言わなければ、たぶん一生口にする機会も必要もない言葉だけれど。少しでも俺の命より大切な方が傷ついたりしないように。
「………一生?」
「はい。」
「ふぅん。」
ちょっとだけ小首を傾げる仕草に、俺の脳が一瞬停止してから爆発した。
小首を!傾げる!ですと!?
超レアです!ふおおおおおお可愛格好イイとか新たな扉がまたしても開いてしまいました有難うございます!!
自分では見えないが、俺の目はきっともの凄く輝いているに違いない。
たとえ表面の筋肉に動きが無くとも、生き生きとした瞳の輝きは抑えることなど出来ないのです。いうなれば偶然目の前の女子高生のスカートが風になびいて綺麗な太股のラインを目に焼き付けてしまった中年のような、幸運としか言いようのない瞬間。
しかし残念ながら、数秒で元の日影さまに戻ってしまう。眉だけが困惑気味に下がったことで、俺の瞳から溢れる叫びが失敗だったとわかった。
どうしよう、と俺の心の眉も困ったように下がる。
何か言わなければと焦るも、言うべき言葉が思い浮かばない。
取り敢えず唇を開こうとした、瞬間。
「ぅえ。」
頬を挟むように摘んで持ち上げられ、開くはずの口がタコのように突き出た。
「―――つまり、変わったのは俺で、お前はずっとそのままだったんだな。」
左手で俺の頬を摘んだままの日影さまは、そう言いながら何故かもう片方の手でポケットから何かを取り出した。
なぜそんな物が?というようなソレは透明なフィルムに包まれたチョコレートで。
「お前、俺が憎くないのか?」
「尊敬してまふ。」
「嫌いじゃなくて?じゃあ好きな訳?」
「好きなんて言葉じゅあいいはらわせません。」
「へー…。」
「む、ご。」
日影さまの指が器用に片手で包装を破り、四角いチョコレートは変な形に突き出たままの俺の唇に押しあてられた。
指が口の中まで押し込まれ、結構な大きさのチョコはそのままのどに直撃した。
「ンごっ。」
飲み込んだら死ぬ。
咄嗟に俯いて、口内の異物をのどちんこから離す。頬を固定していた日影さまの左手は、絶妙のタイミングで離されていた。
「………。」
「………。」
このチョコレートは、噛んでいいのでしょうか。
良いのかな?俺は溶けるまで舐めるより即砕く派なのですが、食べてもよろしいのでしょうか…?
どうも観察されているような視線を感じるので、そう何度も目線を合わせていいのか判断がつかないまま、四方の床をキョロキョロ眺める。唾液でチョコが溶けだし、苦い甘みが広がる唾を飲み込んだ。
「俺はこれから先、変わってみせる。」
「………。」
「だからお前も―――いや、いい。」
「……?」
2回目の、頬掴みあげです。
ぐい、と持ち上がった顎とまたしても変な形になった唇に―――――なぜか、日影さまの唇が近づいた。
「……ん、ぐっ?」
まだ俺の口内で大きな固形物として存在していたチョコレートが、ぬめっとした何かに絡め取られて消えた。
先に自由になったのは顔だったのか、甘さだけが残った口腔なのか。
「……今日の放課後、風紀室に来い。話は通しておくから。」
まさかの何かしら(俺)処分ですか!?
――――と正気に戻った俺が気づいた時には、部屋にはもう誰もいなかった。
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