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狼と忠犬

 不格好な体勢のままベッドの上にいる俺に背を向けた日影さまを、咄嗟に止めようとして身体が動いた。

「待……っ!」

 手を伸ばすなんて失礼なことが出来るはずもなく、身を乗り出した俺を支える頑丈な空気なんてモノは存在しない。当然の流れで、ベッドから落ちた。

「へぶっ。」

 慌て過ぎて手で支える暇さえなく、呆気なく顔面から床へ落ちた俺は「へぶっ」という意味のわからない言葉を発して落下した。
 しかし俺のこの捨て身の行動は、部屋から出ようとした日影さまの足を止めるという事に成功したのだ。

「―――何やってんだ。」
「……すみません。」

 落ちた上半身を起こそうとしたらベッドに残していた下半身が邪魔で、結局は全身を床に落としてから立ち上がる。
 思わず引きとめてしまったが、この先の会話を考えてはいなかった。顔を上げた先には、俺の言葉を待つ日影さまがいる。


 そうだ、誤解だ。
 俺が、日影さまの側にいる事が嫌なんだなんて最低最悪な誤解を、なんとか解きたい。
 今までやってきた事が全て露呈してしまったのなら、俺の行動が家からの命令だったなんて誤解は日影さまをもっと傷つける。

 全ての始まりは無理矢理だったとしても―――最後にこの道を進んで選んだのは、俺自身なんだ。



「俺、は。」

 日影さまを目の前に自分の気持ちなんて口にした記憶が無くて、乾いた下唇を一度だけ食む。唾液ごとのみ込んだ何かと一緒に、勢いをつけて顔を上げた。

「――お前は?」
「……俺は、今まで…嫌だとか、後悔とか、そんな風に思った事は無い。です。」
「死にかけてんのに?」
「ない。です。」
「刺青まで彫られてんのに?」
「ない。です。」

 心臓がばくばく音をたてるって……こういう状態をいうんだな。
 自分が発した言葉は頭に入ってくるのに、なぜこんな会話になっているのかが理解できない。

 日影さまの焦げ茶色の奥にある黒い眼球に、吸い込まれるように意識が持っていかれる。催眠術にかかったみたいに、低く心地よい声の問うまま答える俺の顔はきっとバカみたいにポカンとしているんだろう。


 日影さまの両方の指が、俺に向かって伸びた。


「―――い、痛。」

 そして俺の両耳がありえないぐらいに横に伸びた。

「………。」
「………痛…。」

 まだ、伸びてます横に。
 俺の耳がどこまで広がるのかをお調べでしょうか…。すみません、これ位が限界です。

「お前にとって、俺はなんだ?」
「千切れる心配はないですが――――え?」
「俺は、何だ?」

 イタイタイいたい。

「主です!」

 最大限まで引っ張られた耳が、答えたと同時に解放されました。


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