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――終わった。


そう思って柚梨はキツく目を閉じた。
閉じていても顔に影が差したのが分かる。

相手の静かな息遣いが聞こえて、妖怪も息をするんだな…なんてこんな状態なのに間抜けなことを考えてしまう。とその時…

自分のものではない、相手のハッという息を呑む音。そして―――

ドスッ

『ぐぁっ』

何かがぶつかったような音と呻き声。
柚梨は咄嗟のことに頭が付いて行けずにまだ閉じたままだった目を開ける。と…

「…え」

すぐ目の前に居た筈の黒ずくめが、手で顔を覆い地面にうずくまっていた。

一体なにが…と、まだ放心状態の柚梨の目が先程まで居なかった存在を捕らえた。
だが、それをゆっくりと確認する前に横から伸びてきた手に腕を引かれる。

「ッ!」

「さあ相手が怯んでいる内に…早く!」

「え、わ…」

いきなりのことにビクッとした柚梨だが、彼女が言葉を返すより先にグイッとその手を引くと、相手は一気に走り出した。

ガサ、ガサッ…ガサガサッ…

途中に突き出た枝などを手で叩き落としながら、道なき道の草を踏みしめ走る。

ずっと前を向いたままの相手の顔はわからない。手を振り払おうにも手首を掴まれ、半ば引っ張られる感じで走る柚梨は相手に歩みを合わせることに必死だった。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

走りっぱなしの足はもう限界で、ただ手を引かれるだけの柚梨は絶対に倒れないようにと精一杯、足に力を込めていたのだが…

「わっ」

大きく突き出た木の幹に足を取られ、体が傾く…「転ぶ!」と思い咄嗟に目を閉じて身を固くした柚梨だったが、体に感じた衝撃の弱さに訝しげに思い目を開けると、地面のあるはずのそこには人の体があった。

「…ッ、大丈夫?」

その言葉にハッと我に帰り、慌てて馬乗り状態だった相手から飛ぶように離れる。

「わ!ご…ごご…ごめんなさい!」

音のしそうな勢いでガバリと頭を下げる。
すると相手は穏やかに微笑み、「いや」と言って服に付いた草や土を手でパタパタ払いながらゆっくりと立ち上がった。

柚梨はいつもの癖で顔を見られないようにと自然な動作で顔を俯かせる。相手の顔は見えないままだが、掴まれた時に見た大きく骨張った手と、その声で相手は男でありまだ若いということが分かった。

「どうやら逃げ切れたみたいだな」

彼は静かにそう言うと、周囲に巡らせていた視線をゆっくりと柚梨に向き直した。

「怪我は?」

問われた柚梨はブンブンと首を横に振る。
見た目にも怪我の無いことを確認して安心したのか、彼は「ふう」と息を吐いた。

「間に合って良かった」

「…あ、有り難う…ございました」

今度はペコリと控え目に頭を下げる。
やはり自分は助けてもらったのか。と改めて頭で確認して、ふと疑問が浮かぶ。

あの場で助けてくれたのだということは、当然彼も見えているということだ…
だとしたらこの人は一体、何者なんだろう…内心で首を傾げる柚梨だったが、その時背後でまた茂みが鳴った。

「!」

「…っ。もう追い付かれたか」

息を呑む柚梨の前へとサッと体を滑らせ、彼女を背後に庇うようにして立つ。だが…
ガサガサッと茂みから出てきた者を見て、彼は「あれ」と声を上げた、そして―

「…夏目君か?」

驚いたのは相手も同じだったのか『夏目』と呼ばれた少年はしきりに目をパチパチと瞬き、そして「あっ」と声を漏らした。

「な、名取さん!?」

どうやらお互いに知り合いだったらしく、柚梨の前に立つ『名取』と呼ばれた青年はホッと息を付き肩の力を抜いたのだった。

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あきゅろす。
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