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―柚梨side―


……失敗だった。

呼ばれた声に反射的に顔を下げると、そこに居たのは人間の体に犬の頭をした小さな妖怪…私は咄嗟のことに応用が効かずついつい相手を凝視してしまった。

数秒間…お互い視線を交えた直後、犬の妖怪は何度か大きく瞬きを繰り返した後に突然と興奮して語り出した。大声で…

「ああ…やはり私が"見える"のですね!
それに、声まで…!やはりやはり…!」

見てしまったのは本当に迂闊だった。
こんな人通りの多い場所じゃ追い返す言葉も掛けられないし、相手にも出来ない。

(…どうしよう)

普段なら、妖怪なんて見えないフリだ
勿論、今だって無視を決め込んでいる。

妖怪だって話し掛けられたり見られたりしなければ私に関わってなどこない。
まさか"見える人"だとも思わないだろう

けど、今回は本当に迂闊だった。
呼ばれてそちらを向けば、聞こえていることになる。
呼んだ相手と目が合えば、見えていることになる。

相手には、当然バレてしまった。
一瞬走って逃げようかとも思ったけど
さっきの吐き気の後遺症でまだ体は気怠いまま、頭も若干クラクラする。実は立っているのも結構ツラいくらい

とても走って振り切れそうにない
それに家まで押し掛けられても困るし。

(はぁ…)

内心『どうしよう』と1人考えに耽っていると、さっきからずっと喋っている妖怪の口から気になる単語が耳に入った。

「お話に聞いた通りの方…
やっとやっと見付けました!」

……話に聞いた通り?……誰に?

私の脳裏に赤い記憶が蘇る。
話すとしたら"あいつ"しかいないはず
だとしたらこの妖怪は何故、私の所に…

「どうかお願いです…私を、あなた様の側に置いて下さいませ!この通りです!」

妖怪は一気にそうまくし立てるとガバッと音のしそうな勢いで頭を下げた。

「…」

当の私は頭が真っ白で、言われた言葉を理解するまでに数分を要した。

……………んんん?
理解し終わると、今度は混乱が訪れた…

固まる私を余所に妖怪は必死な形相で何度も『お願いします』と叫んでいる。

私の頭はますます混乱するばかりだ

この妖怪は一体なに者なのか…
誰に私の話を聞いて、何の用でここへ?
何故、側に置けなんて言うのだろうか
何の目的で、何で私に、どうして今。

いつもは絶対に話し掛けたりなどしない
…でも今回は気になって仕方なかった。

(もしかしたら、"あいつ"を探す手掛かりを知っているかもしれない…)

知っているなら教えて欲しい!!
ここが人通りの多い場所だということも忘れて、私が口を開きかけた時。
足元から『あ』と言う声がした……

「たぬきだ」

…え? たぬき?

私はまた反射的にそちらを見てしまった
だけど、そこに居たのはたぬきじゃなく

一匹のまんまるした猫だった。

またもや意外な珍客に凝視してしまい
相手もこちらの視線に気付いたらしく私の方を見上げ…そしてバッチリと目が合う。

―そう、私は気付いていなかった。

妖怪を見た時も猫を見た時も、私は"目を合わせていた"のだということに。

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