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ビフ赤短編集
本当に愛してるの?
赤ワインが姿を晦ました。その理由は御侍ただ一人が知っていた。

ここで一つ昔話をしようか。
高潔で高慢な騎士がいた。剣の腕は確かなのだか性格に難があった。彼は強かった。誰も受け付けない、誰にも踏み込ませない、その心は闇の侵食を跳ね除けるほどに。そうして守った心をとある男に明け渡した。彼は脆かった。強さと反比例に心を守るために孤独を好んだ。それでも彼は男と生きる道を選んだ。脆い心をこの男にならと許した。

それが、赤ワインの生涯だった。
その伴侶がビーフステーキだった。

二人は恋人だった。愛を誓った間柄だった。

だけど、ビーフステーキの隣には赤ワインの姿はなかった。いつからだったか、もう覚えてはいない。ただ分かるのは、赤ワインの心が限界に近づいていたことだけだ。それもただ一人、御侍だけが気づいていた。

ビーフステーキと赤ワインは不仲だったわけではない。いや、傍から見ると喧嘩ばかり、時には殴り殴られの展開もあったわけだが、しかし、それは彼らなりのコミュニケーションの一つだった。
ならば何故、こうなってしまったのか。
一重にビーフステーキの責任ではない。赤ワインも赤ワインで心を明け渡しておきながら、曝け出そうとはしなかった。拗れに拗れた二人の距離は離れていくばかり。

一言、「愛している」と言えば何かが変わっていただろうに、お互いその言葉を頑なに語ろうとしなかった。

赤ワインは恋人に「愛」を求めていた。それを口に出すのは自分がこれ以上弱くなりたくない、プライドを砕きたくない、あいつなら言ってくれる、諸々の想いをぐちゃぐちゃに咀嚼して喉の奥に無理に呑み込んでいた。

ビーフステーキは恋人に「愛」を求めていた。それを口に出すのは不器用で、無骨で、慣れていない言葉で、あいつなら言い慣れている、そんな期待を赤ワインに押し付けていた。

擦れ違う二人を御侍は黙って見ていることしか出来なかった。部外者が首を突っ込んだところで何も出来ないと分かっていた。歯痒い想いだけが募っていった。

「御侍、赤ワインは何処だ。」
ビーフステーキは悔やみに悔やんだんだろう。髪はボサボサ、目の下の隈は煤のよう、窶れた長駆、明らかに酷い有様だった。上手く眠れないとも、上手く動けないとも、戦闘に出ることも出来なくなった。
「それを教えたところで、君に救えるとでも言うのかい?」
御侍からすれば、どうして上手くいかないものかと歯痒くて仕方ない。長い目で見てきたジンジャーブレッドだって二人を見ている目は哀しみに暮れていた。
「御侍、赤ワインに会わせてくれ。」
ビーフステーキの目からは幾つもの涙が零れ頬を伝う。乾いた跡に新しく筋が出来ていくのを見るのは胸が痛かった。
「赤ワインは会いたくないよ。」
御侍は張り裂けそうな胸の痛みを堪えて、言伝をビーフステーキに突きつける。

赤ワインは脆くなった心に闇を抱えた。段々と童話に出てくるバケモノへと姿を変わっていく、そんな自分が酷く醜いと思うようになった。このままでは、きっと、愛しいものに手をかけてしまう。それならばいっその事自分がいなくなろうと__。
高潔な騎士は闇に堕ちた。醜い吸血鬼へとその身を変えた。

孤独に、孤独に、朽ちた城で眠りにつくと。


黙って聞いていたビーフステーキは泣き崩れ、懺悔の言葉を繰り返す。

「ビーフステーキ。今でも…いや、今だからこそ、赤ワインを、__本当に愛してるの?」

「勿論だ。私は昔から、いや、今も赤ワインを愛してると此処に誓う。」

胸に手をあて、ビーフステーキは愛の誓いを口にする。その目を見れば分かる。ビーフステーキは今でも確かに赤ワインを愛している。


古城に辿り着いたビーフステーキは赤ワインの名を呼ぶ。しかし返事はない。もう既に眠りについてしまったのかもしれない。
広い古城を無策にも探し回るが、右へ、左へ、足は迷いもなく床を踏む。
そうして辿り着いたのは、天蓋付きの大きなベッドが真ん中に、それ以外は何も無く、天井には大きな蜘蛛の巣が張り巡らされ、床は所々抜けていた。
ベッドに近づくと死んだように眠る赤ワインを見つけ、これが赤ワインの言う童話の中のお姫様ならば真実の愛で目覚めるという。

そっと顔を寄せる。
息がかかるまで近く、これで目覚めなかったら…そんな不安を飲み込んで唇を押し付ける。何度も、何度も、会いたかった、待たせた、もう一人にはしない、共に歩もう、全ての言葉を唇に乗せて。
そっと、唇を離し目を開くが眠りから覚めた様子はない。

「愛してる…。」

ダメか、と諦めかけた。最後に、これだけはと口にしたのは今まで言えなかった言葉だった。言いたかった、ずっと、溜め込んでいた気持ちは溢れ、それは涙へと変わり赤ワインの頬を濡らす。

「俺様も、愛している…。」

すう、と瞼が持ち上がり微笑んだ赤ワインがそこにいた。泣くな、と親指の腹で涙を拭われるが、はらはらと落ちる涙は止まることを知らない。

生きていた。ここに。

失って初めて気づいた。誰よりも貴方が大切なことに。

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