[携帯モード] [URL送信]

ビフ赤短編集
鼓動※
雑魚を倒してきっと気が緩んだのだろう。その後ろから突如出てきた血に飢えたナイフによって御侍諸々散り散りになってしまった。
早く御侍の元に戻らねばと思いつつビーフステーキは少し離れた場所で音を聞いた。甲高く響くその音は金属と金属が当たって擦れる音のようにも聞こえ、考えるよりも先に足は走り出していた。



最悪だ。剣を握り締め、額から流れる汗を手の甲で拭う。
目の前には血に飢えたナイフ。その後ろに控えるゴーストコック三体。
絶望的状況と言わざるを得ない。迫り来る攻撃をいなし、渾身の一撃をその体に叩き込むがダメージを受けた様子はない。それにまた汗が流れる。思わず舌打ちが零れた。
「____っ!?」
あっ、と思った時には時既に遅し。手の痺れと、空を舞った剣が地面に転がるのが目の端に映り、目前に迫る切っ先から咄嗟に上体を反らせた。ピリッと頬に痛みが走り、そこが熱を持った。つぅ__と伝う生温いものが血であると認識するのはそう難しいことでもなかった。余りにも嗅ぎなれた匂いに頭がクラっとした。



遡ること数時間前。レストランに届いた一通の匿名の手紙。宛先も何もないが、封筒に付いた小さな赤い手形と、その中にあった1枚の紙切れに書かれた助けての文字。たった3文字が酷く歪み、只事ではないと判断した御侍が戦えるメンバーを揃えた。その中には勿論俺様も含まれていたのだが、奴__ビーフステーキの姿もあった。
何故御侍はあいつを選んだ…?
戦力としては十分な奴を選ぶことは分かりきっていたが、それでも納得はいかなくて隣を通る際はご丁寧に足を踏みつけた。

険悪なムードが2人の間を漂い、それを注意する御侍と、それでも止めないどころかヒートアップする2人には他のメンバーも苦笑を漏らした。

場所の表記はなく、ひたすら近隣住民に聞き込み調査をしたところ、それがどうやらナイフラストの遺跡ではないかと。怪しい、罠かもしれない、そうと思いつつも御侍はこの事件の謎を解明したいらしい。まるで探偵気分だと呑気に話す御侍の傍に仕える奴が__やはり気に食わない。



遺跡はボロボロに朽ち果て、人のいる気配は感じられなかった。本当に此処で会っているのか、パーティ内に不穏な空気が流れ始めた。それを打ち消すかのように御侍は手を叩いた。恐怖か、はたまた不安か。それら負の感情を押し殺した上に笑顔を無理やり貼り付けた表情が網膜に焼き付いた。
「置いていくぞ。」
足を止めた俺様に奴は短い言葉を投げた。それを受け止めることはなく、カツリカツリと足音を鳴らした。

遺跡内は薄暗く湿っていた。異臭もする。何かが腐ったような…そんな臭いだった。御侍の顔がサッと曇り、それを奴は目敏く見つけ介抱していた。ああ、気に食わない。そうならば力ずくで止めれば良かっただろう。御侍のために、御侍がそれを望んでいるから、ハッ、馬鹿馬鹿しい。そのくせ、御侍の身に危険が迫ると真っ先に駆けつける。まるで忠犬だな。
俺様は離れた場所でその光景を俯瞰して見ていた。


御侍が落ち着いた頃を見計らって、また先へと進んでいく。光が届かない空間で、進めば進むほど強烈な異臭が漂う。足元がひやりとしている。ぴちょんと天井から雫が落ち、水溜まりを作っていた。形容するなら、薄気味悪い、だろうか。生理的に嫌悪感を催す空間に眉を顰める。
しかし、違和感を感じる。
助けを求められたはずだというのに人の気配を感じないどころか、それ以外の気配も感じられない。剣の柄に手をかけた。何時でも抜けるように___。

ぶわっと悪寒が身体中を巡った。何かが来る…!臨戦態勢に入る。それは奴と同時だった。目だけがかち合う。その間に火花が飛び散っているような錯覚を受けた。

現れたのはゴーストコック一体。楽勝だ、と口角が持ち上がった。しかし、違和感は拭えない。先手必勝。此方から打って出た。瞬く一閃。深く入った、手応えあり。斬り払ったその剣を深く握り、体の反転の勢いを利用して斬り上げる。まだまだ追い討ちをかけるべく剣を握り直したが、ぐいっと後方へ体が傾く。慌てて体勢を立て直したが、顔を上げれば双剣を振るう奴の姿が目に入り思わず舌打ち。__邪魔をするな。



ザッと駆け出したところで地鳴りが起きた。ぐらぐらと揺れる足元に立っていられなくなって2度目の舌打ち。細身の剣を地面に突き立てて衝撃に耐える。背後から聞こえる御侍の悲鳴に駆けつけることも出来ない奴の姿が目に入り__ざまあみろと笑い声を押し殺した。だが、危機的状況にあることに変わりない。背後を見ればB-52やウォッカが御侍を護っていた。

御侍の無事を確認した赤ワインは地鳴りが少し治まったのと同時に駆け出した。細身の剣を振り抜き、目にも止まらぬ見事な剣さばきでゴーストコックを斬り伏せた。粒子となって消滅したのを感情のない目で見送ったあと、そっと目を伏せ剣を下ろした。
その姿をビーフステーキはただ黙って見ていた。


終わった。場の緊張感が和らいだ。


その時だった。
ほっと息をついた束の間、地獄へと変わったのは。


再び起こった地鳴りと共に現れた血に飢えたナイフの姿を目にして足が竦んだ。御侍の悲鳴が聞こえはっとする。慌てて駆け寄ろうとして遺跡の天井が崩れた。頭上から降ってくる瓦礫の雨。食霊に「死」の概念はない。それなのに「痛み」はある。
声にならない呻き声が口からだらだらと零れた。咄嗟に頭を腕で庇ったからか、腕から滴る赤い雫が地面に落ちた。

大した時間は掛かっていない。2度目の地鳴りは数分で終わった。

だが、赤ワインは絶望の淵に立たされた。

満身創痍の中、血に飢えたナイフと対峙している状況に加え、ぞろぞろとゴーストコックが寄ってきた。
足場は瓦礫が転がり最悪以外の何物でもない。

赤ワインはこの状況に口角を上げた。



剣が転がった場所に目を向けると、ゴーストコックが持って遊んでいた。

「触るなァァァ…ッ!!」
叫んだところで何も解決するわけでもない。少し目を逸らした間に迫っていた血に飢えたナイフの攻撃を、咄嗟に避けることも出来ず右腕で受けた。ざっくりと切れ、開いたところからどろりと血が流れる。
「ぁ"あ"あ"あ"ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッッッ!!!」
痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い。噎せ返る血の匂いに瞳孔が開く。斬られた右腕の患部を左手で押さえた。溢れ出る血の真っ赤なこと。みるみる内に左手までも赤に染めていく。

血の香りに目の前の敵は歓喜の声を上げた。それにつられてゴーストコックたちも喜びを露わにした。

痛みに蹲る赤ワインにトドメの一撃をかけるべく血に飢えたナイフは腕を振り下ろした。

キンッ。

金属と金属がぶつかる音に赤ワインは顔を上げた。

血に飢えたナイフの猛攻を防いでいるのは此処に居るはずのない憎いあいつで。

笑いに来たのか…。

なら、笑えばいい。

無様に転がる俺様を、存分に。

乾いた笑い声が零れた。
地に膝が着いた時点で俺様の敗北は決していた。
「…情けの、つもりか…。」
「誰がそんな真似をするんだ。」
息も絶え絶えの俺様を鼻で笑うでもなく、その声音には侮辱の音もなかった。


「私はお前を護るために剣を振るうのではない。__お前と共に戦うためだ、ッ!!」


ビーフステーキは己が剣で血に飢えたナイフを弾き飛ばした。手も足も出なかった俺様とは違い、あいつはあの巨体を後退させた。それが惨めであり、悔しくもあったが、奴はそういう奴だ。あいつならどんな猛攻でも耐えうる。だからこそ__嫌いなのだ。

ふらついた体を己の剣で支える。長年連れ添った相棒だ。俺様が例え瀕死の身であってもその力を貸してくれる。

敵に囲まれ四面楚歌の状態で、ふらつく体をあいつが背中で支えた。そこから感じるのはあいつの鼓動。どくりどくりと脈打つ。その力強さに自然と笑みが零れた。

「行くぞッ!!」

俺様の叫びを合図に同時に走り出した。
目前に迫ったゴーストコックの肩から斬り込み下に振り切った。右腕が軋み、呻き声を噛み殺した。ごぼりと口から血が溢れた。それを左手で拭った。よろりと立ち上がる敵にもう一閃。頭に振り下ろした一撃によって沈みこんだのを確認すると剣を小さく振った。その刀身に血など着いていないというのに。
後ろから右肩に衝撃と焼け付くような痛みに、反射的に剣を振る。仲間をやられたゴーストコックだった。俺様の攻撃を受け耳を劈く悲鳴を上げた。キーンと耳鳴りがした。頭が酷く重かった。剣の柄を固く握り、敵の後ろに回り込む。最後の力を振り絞って剣撃を背面に叩き込んだ。前のめりに倒れ込むゴーストコックの姿がスローモーションに映る。ぐにゃりと歪む視界に、周りの音が一切消えた。

「赤ワインッ!!」

その中であいつの声だけが鮮明に聞こえた。
ぐっと倒れ込んだ体を踏ん張ることで耐えた。ぽたりぽたりと鮮血が地面に落ちていく。足はがくがくと震え、立つのもやっとな状態で、聴覚も先のゴーストコックの断末魔でやられた。視界もぼやけピントが合わない。
ただ、それでも体は戦うことを覚えていた。
最後のゴーストコックの攻撃を紙一重で避け、心臓に剣を突き立てた。からん、と剣が手から滑り落ち、音を立てた。余力は使い果たした。横腹に重い衝撃を感じ、足が地面から離れた。何かにぶつかった。痛みはなかった。そこで意識は黒に塗り潰された。



目を覚ますと、御侍の泣きじゃくった顔が飛び込んできた。良かった、良かった、と何かに祈るように手を組んでいた。

ああ、帰ってきたのか…。

白いベッドの上で赤ワインは、目元を包帯が巻かれた右腕で覆った。じわりと白い清潔な包帯の一部が濡れた。

「本当に、二人とも無事で良かった…っ!!」

遺跡から脱出した御侍は、犬猿の仲の二人がいないことに気づき、もう一度遺跡内に戻ろうとした所でボロボロになったビーフステーキが出てきた。それ以上に傷を負った赤ワインを抱き抱えて。それを見た御侍の顔は真っ青だった。


今回の事件の手紙の持ち主はとうの昔に死んでいた。遺跡内で嗅いだあの異臭は死体の腐った臭いだったのだろう。御侍の元に届いた手紙はその者が遺したものだった。それがどうして今になって届いたのかは分からない。だけど、この事件は大きな傷を残した。目に見えるものではない、だけどこの傷跡は一生消えることはない。

食霊に「死」という概念はない。
それでも「痛み」はある。


部屋の中には赤ワインとビーフステーキだけになった。

「礼を言うつもりはない。」
「ああ。」
会話は長くは続かなかった。
それでも、二人の間に流れるものは至極穏やかなものだった。
窓から爽やかな風が運ばれてくる。二人は風に誘われるまま、窓の外に広がる快晴の空を見て笑みを零した。

[次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!