第二話 散った、花びら 【6月】 まだ梅雨入り前なのにやたら蒸し暑い日だった。 中学に入学して2ヶ月。 学力診断テストや身体測定を済ませ、ゴールデンウイーク前の新入生歓迎会、5月末のクラスマッチなどを終えると緊張も一気に解け新しい友人も出来る。 クラスの中での独特のリズム、力関係が徐々に決まってくる頃だ。 拓実は特に意識することなく、しかし確実にそのクラスのボスになっていた。 ボスと言ってもまだまだ小学生に毛が生えただけのようなもの。 お山の大将、ガキ大将程度だ。 だがその井の中で拓実は取り巻きに囲まれ悪い気はしていなかった。 同じ年の子供たちより背も高く、切れ長の目はクールで男らしく喧嘩もまぁまぁ強いという噂は女子からも大変人気を集めた。 拓実といつも連んでいたのが中学で一緒になった相川博【アイカワヒロシ】、島津隆【シマヅカタシ】、厨子満【ズシミツル】だ。 3人ともそれぞれ個性的で彼らもまた人気があった。 その4人のおまけのように後ろに付いて回っていたのが、水上綾【ミナカミリョウ】だ。 拓実と綾は幼馴染だった。 家が近所で小学生の時からの友人関係。 だが綾は人気者の拓実とは違い大人しい性格で、もし中学で同じクラスになっただけだったら友人関係にはならなかっただろう。1年間一言も話さない可能性もあったかもしれない。 それほど二人の個性は違っていた。 だが二人が出会ったのは色々なしがらみが生まれる前。 だからこそ違いすぎる二人でも、友達になれた。 中学でもそのでこぼこでも、本人たちにはしっくりする関係は続くものと思われていた。 しかし、その関係は新しい友人のたった一言で変わった。 何気ない会話の延長。 「それにしてもさぁ、綾ちゃんってマジでいっつも拓実の側にいるよな。」 「え?」 「ずっと一緒のクラスとか、マジ夫婦みてぇ。」 「夫婦とか! なにそれウケる!」 「いっつも拓実の事、見てるしさぁ。」 「綾ちゃんってさぁ、もしかして拓実の事好きなの?」 「え? す、すき?」 「もちろん LOVEの方の意味で。」 「え!? 好きじゃ、ち、ちが……」 「うわっ、綾ちゃん顔、あっか!!」 「耳まで真っ赤じゃん! やっぱりねぇ。図星ってやつ?」 「マジかよ! ホモなの??」 「うわ、ホモとか! マジ腹いてぇ……」 「あ、あの………ちが、たく」 他愛のない冗談だ。 なんでもまともに受け取ってしまう綾をからかっていただけ。 真意は分からない。 ただ、本当に意味のない話だった。 だから、バカじゃねーの、とか笑って済ませられその話はそれで終わりだった。 だが、芽生え始めた幼い自尊心はその火の粉が己にかかるのをひどく嫌がった。 いや、怖かった。 “拓実くんと綾くんは本当に仲が良いのね。いつも一緒で” 子どもの頃はそう言われるのが嬉しかった。 誇らしかった。 だが、いつからか少し鬱陶しく感じるようになっていたのだ。 かっこいいと持て囃される俺が、人気者の俺が、何でこんな大人しい、一人ではなにもできないどんくさい綾と仲良くしなければならないのか……。 自分にはもっと相応しい仲間がいるのではないか。 そう思うと、鬱陶しくていい加減離れたかった。 だから、 「キモ………ホモとかあり得ねぇ。 お前、マジウザい。」 ぼそりと呟いた言葉が決定打だった。 その翌日から水上綾は九条拓実の友達ではなく、下僕になった。 しかも友達と認識されなくなった綾は何をしてもいい存在になった。 最初は些細なからかい。 強めのつっこみ。 パシリ。 出生を嘲笑う。 罵る。 心ない、暴言。 無視、仲間はずれ。 それから遊びの延長と称したプロレスごっこ。 少しずつ少しずつエスカレートしていった行為に感覚は麻痺していたのか。 しまいには殴る蹴るしてもなにも感じなくなった。 クラスの連中も同じようなものだった。 何をしても言い返さない、やり返してこない綾。 先生に言うでもなく、学校を休むこともなかった。 理由は拓実だけは知っていた。 なのに何も言わなかった。 施設で生活している綾は心配かけるわけにはいかなかったのだ。 担任も知っていただろう。 だが、彼もまた見て見ぬ振りをした。 だから勘違いしたのだ。 そんなもの言い訳にもならないのに。 何をしてもいい存在。 このクラスで水上綾に人権はなかった。 [*前へ] [戻る] |