片恋、夏祭り(正路心)
真夏の夜の風物詩。
少しでも釣り合う容姿になりたいと、マスカラとグロスと淡いベビーピンクのチークで、久しぶりにお化粧なんてものをした。爪は鑢をかけてピンクでラメ入りのマニキュアを塗って。
白い生地に、金の刺繍で縁取られた赤い椿が咲き乱れた素敵な浴衣は、赤い帯と一緒におばあちゃんがわたしの為に仕立ててくれたものだ。小さな手鞠の刺繍とかとても細かくて縫い目もすごく綺麗できっと苦労したと思う(ありがとう、おばあちゃん)わたしにはとっても勿体ないそれを、お母さんは「きっと似合うわ」って柔らかく微笑みながら着せてくれた。きらきらした赤いお花の髪飾りはお母さんが昨日作ってくれたんだって。うれしい。玄関でいってきますと頭を下げると、ふたりとも笑顔で見送ってくれた。
待ち合わせ場所は近所の駄菓子屋さんの前。
(今日はきっとすてきな夜になる)
「あ、こころ」
「こんばんは、正くん」
「おう。お前が来たってことは月路がビリか」
駄菓子屋さんの前の木製の長椅子に座ってスルメを食べてた正くんが端にずれて、開いた空間をとんとんと叩いた(座れってことかな…)小さく礼をして隣に腰をおろすと、沈んでいく太陽がよく見えた。まだ少し蒸し暑い。正くんのこめかみにもうっすら汗が滲んでる。今日は紅道院神社でお祭りがある。月路くんが人ごみはやだけどお祭りには行きたいってゆったから早めに集まったのに肝心の本人がまだ来てない(…まあ月路くんらしいとはおもうけど)
「兄ちゃんの彼女さんかい?可愛いお嬢さんだねぇ」
「! え、」
「違うよ婆さん、友達」
「そうかい?わたしゃてっきり……おや、坊さんが走っとる」
「「…は?」」
ほれ、って駄菓子屋のお婆さんが腰にまわしてた手でわたし達の後ろを指差した。振り返った先に白い影。
よく見なくても、修行僧の僧衣姿の月路くんだった。
わたし達の姿を捉えたのか速度を徐々に落として徒歩に切り替えた。背後をちらちら確認しながらこちらまで歩みよる。大きく溜め息をつきながら地べたにしゃがみこむなり、暑いのか僧衣の襟をガバッと開いてパタパタ。全身汗だくでいつもよりもあの独特の色気が大放出していて、首筋を伝う汗が艶めかしい。
「やぁっと逃げ切った…」
「逃げ切ったって、何から?」
「ジジィ」
(修行抜け出してきたのかな…?)不機嫌そうに歪めた顔で答えると「遅れてすまん」って謝ってきた。大分疲れてるみたいで、月路くんはそのまま寝転がってしまった。アスファルトに綺麗な黒い髪が散らばる。お婆さんが気を使って持ってきてくれたタオルで汗を拭いながらぼーっと空を眺めたかと思えばこちらを向いてびくり。じぃっと見つめられて恥ずかしくなる。
「こころ浴衣?」
「…う、うん」
「似合うじゃん、いい感じ」
「…ありがとう」
月路くんにそうゆわれたのがすごく嬉しくて(照れくさくて)顔がかぁっと熱くなるのがわかってあわてて反らした。…やっぱり恥ずかしい。月路くんに褒められるのが一番うれしいけど、一番胸がくるしくなるの。
「アイス半分やっから起きな、坊さん」
「〜〜っただしあいしてる!」
「後そのフェロモン抑えないとまた変質者集まってくんぞ、坊さん」
「好きで出してるわけじゃねえし」
「あれまぁ〜兄ちゃん可愛いお嬢さんに囲まれて両手に花だねぇ〜」
抱きついてきた月路くんを押し剥がしながら「いや婆さんこいつ男だから!」って半分に割ったソーダ味のアイスバー片手に全力で否定する正くん(仲良いなぁ…)完全に疲れきってる正くんの横で月路くんがアイスを口にくわえたまま興味津々といった様子で駄菓子を物色してる。商品を数点手に取ると「婆ちゃんいくら?」って尋ねていわれた金額分小銭を手渡した。何かの包装をやぶりながらわたしの横に座ると、何故かそのままわたしの手を取った。
「お前今日かわいいからプレゼント」
そういってぴんくの宝石の形をした飴がついた指輪を、わたしの中指に通して無邪気に微笑む月路くん(どうしようどうしよう!)
泣きそう。
この時点で幸せのピークです。真っ赤になってお礼もゆえずどもるわたしの頭を月路くんはぽんぽんってして、正くんにちょっかい出しながら祭り行こうぜって振り返った。慌てて立ち上がろうとしてよろけたわたしをお婆さんが支えてくれて「がんばるんだよ」と背中を押してくれた(がんばるって何を…?)
うれしくて、指にはめられた指輪を見つめる。ぴんくの飴玉が夕陽に照らされてきらきら光って綺麗。苺味かなぁ。
「飴舐めねーの?」
「…なんだか勿体なくて」
小首を傾げながら「お前んち貧乏だっけ?」と零した月路くんの頭の上に正くんの拳が落ちた。
今日のこころはいつもより表情が柔らかいと思う。
動作の一つ一つに気品があって綺麗なのはいつもと同じだけど、表情がいつもみたいに固くない。頬がぴんくで普通の恋する女の子って感じ。…まあそうさせてる罪な男はたかが知れてるけど。間違いなく、オレの横で綿飴頬張ってる尼さんみたいな坊さんだ。迷子防止に細い指でオレのTシャツの裾を摘んで歩きながらその行動を「迷子にならなくて済むぜ」とかいってこころにも勧めるもんだから困る(裾伸びるんですけど…)
「ただし、正、ちょっと」
「何、また食いたいもんでも見つけた?」
「指輪」
スピーカーから流れる祭り囃子や人々の笑い声とかで賑やかな屋台街の真ん中。金魚掬いに夢中なこころに気付かれないようにか耳元でそういってシルバーのアクセサリーが大量に並べられたすぐ近くの露店を指差した。
「あれなら無くならねーだろ?」
「…そうだな」
(ほんっとこいつって奴は…)笑顔でそういって露店の前にしゃがみこむ月路。店の兄ちゃんがお姉さん超美人だね〜なんて口説いてくるのを慣れた様子で完全無視して指輪を物色する。オレも隣にしゃがんでこころに似合いそうなのを探してたら、シンプルなデザインのボディーに小さなハート形の赤い石がひとつ収まったリングが目に入って手に取った。「これにしない?」って月路の方見たら、既にいない(どこ行った?)
「月路くん…っ」
「俺の妹に何か用?」
「あれ、お姉ちゃん登場?かわいー」
「は?何ゆって、」
「へーびっくり!美人姉妹じゃん」
「お姉さんも俺らとどっか行こうよ」
(……あーーもうっ!)
こころのナンパ排除しにいった奴が何更にナンパの餌食になってんだよ!
思わず溜め息。「兄ちゃんの彼女ナンパあってるけどいいの?」とか言ってる露店の兄ちゃんに苛立って(だからアイツちんこ付いてるって!)ちょっと乱暴にお金渡して指輪ポケットに突っ込むと、金魚掬いの屋台の前に直行。キレた月路が殴りかかってしまう前にこころ達とチャラい集団の間に入る。
「オレの妹達に何か用すか?」
めっちゃ睨み付けながら見下ろすと(こういう時背ェ高くて良かったと思う)、「兄ちゃん登場かよ」とか何とか騒いでそそくさ去っていった。面倒なことにならずに済んで一安心。
「ありがとう、2人とも」
「…俺お前の妹になった覚えないんだけど」
「言葉の文だろ。助けてやったんだから文句ゆうな」
「お兄ちゃんありがとー(※裏声)」
「……………」
明らか喧嘩売ってるよなこいつ(裏声無駄にかわいい)殴りたい衝動に駆られるも我慢。また面倒なめに遭うのはごめんだから、月路とこころの手を握って早足で神社を出る。なんだかほんとに兄貴になった気分で参った(妹、ねぇ…)
気づかなかったけど、こころの小さな右手に金魚が2匹入った袋。
水がこぼれてないか不安になって立ち止まると大丈夫かと尋ねると少し息を切らしながら頷いた。それと同時に月路のケータイが鳴る。ディスプレイを確認するなり「げっ」と嫌そうな顔をして通話ボタン押しながら木陰に入っていく。…じいさんからか?
(あ、指輪)
忘れるとこだった。
「こころ、これ」
「…?」
ポケットから取り出したそれを、月路じゃなくてオレが填めてやっていいものかと悩んだ末に手のひらにぽんと乗せるだけにしておいた(オレなんか月路の足元にも及ばない)
こころにはあいつしか見えてないし。
「…月路から」
そう付け加えると、オレを見上げるこころの目が大きく見開かれた。長い睫毛に縁取られた目蓋に収まる真っ黒な瞳がきらきら。りんごみたいに頬が赤らんで、大事そうにそれを両手で握って胸に充てた。…あーくそ、めちゃくちゃかわいい。
「後で月路に礼、」
「…ありがとう、正くん。うれしい」
月路に礼言っとけ、って言おうとしたら微笑みながらオレに頭を下げてきた。
(メトリングされたか…?)夢壊しちまったかも、って不安になるも嬉しそうに笑っててショックそうな様子はなかった。久々すぎるこころの笑顔に思わず硬直。柄にもなくオレまで顔が熱くなる。そんなオレを嘲笑うかのように蜩が鳴いた。
「正、こころ、あっちあっち」
「なに、」
「?」
駆け足で戻ってきた月路が指差した遠くの丘の方からタイミングがいいのか悪いのか、大きな音を立てて花火が上がる。何やら花火大会も今日だったらしい。しかも何気にベストスポットを確保してることに今気付いて、3人でその場にしゃがみこんで座った。オレは持参してたカメラを大輪の花が咲く夜空に向けてシャッターを切る。さりげなく横の2人ともぱしゃりと一枚。記念だ。
「…来年もみんなで来たいな」
「おう」
「そうだな」
来年もあの笑顔を見られるだろうか(次は絶対フィルムにおさめてやる)
〆
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