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幼なじみの理(正路)


最凶のあいつがまだ誰かに守られてた頃の昔話(怪談)








 写経、読経、座禅とめんどくさいのが一通り済んでお楽しみの食事タイムも終わった(質素だけどうまかった)毎年恒例の宿泊行事も終盤に差しかかる。あとは就寝、だけなんだけどオレと月路以外のみんなは不服そうに口をとがらせてからこそこそと枕投げの計画を立ててる。修学旅行気分なんだろう。1年前の秋にも似たような光景を見た気がする。縁側に3人で座ってオレは野良猫を膝に乗っけたままぼけーっと庭を眺める。星華はさっきからあの星が綺麗だの風鈴の音が素敵だの楽しそうに話してるんだけど横目で月路を見てみるとなんだか顔色が悪かった。原因は嫌でもわかった。ここは寺。本尊が置いてある本堂。神様がいるところ。毎日何十、何百もの仏さんが出入りする。霊感が人よりも遥かに強い月路には頭が痛い場所だ。例え無意識に霊を退ける特質を持った星華が傍らにいても流石に数が多すぎるらしい(実際霊感がそんな強いわけでもないオレ自身も何人か見た)それに、女子と男子は寝る場所が別々。星華たち女子はお坊さん達の住む綺麗な離れでオレたち男子は本堂だ。それがどんなに月路にとってキツいことであるかはよくわかる。家
だと二人は部屋の四隅に塩を盛って、いつも布団を並べて一緒に寝ているらしい。双子で仲がいいからとかそれだけじゃなくて月路の場合そうしないと落ち着いて睡眠もとれないのだろう。 大変だな、って視線をそらして猫の背を撫でたら年寄りのお坊さんがきて布団を敷いて寝間着に着替えるよう優しい口調で促してきて遂に星華と離れなければいけない時間がやってきた。

 「それじゃ、つーちゃんもたーちゃんもおやすみなさい」
 「…おう」
 「おやすみー星華」

 何も知らない星華は女友達と笑顔で手を振って去っていった。何人かの男子が残念そうな顔をして腰まである長い黒髪を揺らして去っていくその後ろ姿を眺めた。

 「行っちゃったよ星華ちゃん…なんで女子と男子は別々なんだー!」
 「あははっ、おめーショック受けすぎ!月路はだめなん?あいつら同じ顔じゃん」
 「ば、バカ!あいつ男じゃん!第一星華ちゃんの方が顔がちょっとまるっこい!」
 「知らねーよ。っつかどもんなよ」
 「ぷっウケんだけど!」

 同じクラスの後ろの方でどこにでもいる感じのいたずら坊主の集団が爆笑する中、月路は興味ない以前に聞いてないって表情でボストンバックから取り出した黒い浴衣(?)に着替えてる。みんなパジャマとか体操着なのにひとりだけ浴衣姿で浮いてるけどその服は月路の真っ白な肌に映えてよく似合っていた。オレもジャージに着替えて布団を敷いてすぐさっきとは別のお坊さんが「消灯の時間ですよ」って本堂に入って来たから皆不満げにしながらも自分の布団に潜り込む。寺は山中にあるだけあって涼しくて、夜になると肌寒いくらいだった。月路の顔色はますます悪くなっていて何故か枕元に櫛を置いて布団を被ってる。間もなく灯りを落とされて本堂も離れも真っ暗になった。しばらくはうるさいんだろうなーって思ってたのに意外にも本堂は静まりかえっていた。気になって周りを見るとお坊さんが入り口でわざわざ見張ってる。何か不自然だ。そこまでする必要あるのかな?

 「朝霞ー何か怖い話しろよ。お前得意じゃん、そうゆうの」
 「お、いいなー怪談!夏っぽくて」
 「…………」
 「なんだよ、寝てんのかよーつまんねぇ」

 (あ、寝たふりしてる)寝息が嘘くさいのに見事に騙されてるクラスの奴らに笑った。暇で仕方ないんだろうな。こそこそ話してたのをお坊さんに見つかって「お化けに会いたくなかったら早く寝なさい」って注意して入り口の縁側の方へ戻っていった。

 お化け?とか思ってる内に本当に本堂はしんと静まり返っていた。

 オレはとゆうとさっきからわずかに開いた襖の向こうを行き来する不穏な気配が気になって眠れなかった。さっきの見張りのお坊さんかな、とは思えど柄にもなくちょっと怖いとか思ってる。空気が重いんだ。寒くて布団を深く被ろうとしたら隣で月路が寝てる布団がもぞって動いて寝返りを打った。ああ月路も寝れないんだろうな、って改めて布団を被ろうとしたら「正、起きてる?」って小さな声で尋ねてきて布団から顔を出すと眉を下げた月路と目が合う。小さな声は震えていた。

 「どうした?」
 「…そっちいってもいい?」

 頷く前に月路はもぞもぞとオレの布団に入り込んでくる。ちょっと動揺してたらジャージの胸の辺りをぎゅっと握られてそのまましがみついてきた(腰に脚絡んでるんすけど…)ちょっと痛い。文句とかゆおうと思ったけど長い睫毛とか薄っぺらい肩が震えてて口を閉じた。

 「……お前、今日何人見た?」
 「…7、8人くらい。月路は?」
 「わかんねえ…数えきれない。なあ襖の奥のアレ、見える?」
 「…うん」
 「こっち見てる。今朝からずっと」

 憑かれたらどうしよう。

 月路が怯えた表情で零した。
 普段幽霊見てもむしろ面白おかしくクラスの奴らに話してる月路があんまり怖がってるもんだから余計怖くなってしまった。アレ、そんなにやばいんだ。だから早く寝ろって…。枕元に置いた赤い櫛は星華の物で、魔除けらしい。アレがあまりにも強くて効果は期待できないみたいだけど。

 「あんなん、俺がどうにかできるレベルじゃない。化け物だ。だから来たくなかったんだ。こんなとこ。帰りてぇ」

 泣きそうな声で呟いてオレの胸に顔を埋めてきた(せめて星華がいたらいいんだけど)
 怖かったからオレもぎゅって月路に抱きついたら何か細くて折れそうでやめとけばよかったって思った。

 力緩めようとしたら、背筋に何か冷たい物を感じて身体が強張る(うわ、)余計力が入ってしまって咄嗟に謝ろうとしたら喉がなんか粘ついて声が出なくて奥でつっかえた。

 月路は端正な顔を上に向けて目を見開いたままぴたりと固まっていた。

 身体の震えは止まってたのに、顔は真っ青で死人みたいだった。


 <男、男、男、男、女、男。

 なしてなして。

 三捨村のおなごさおる。

 穢らわしいのぅ。忌々しいのぅ。喰ってしまおか喰ってしまおか>


 突然、奇妙な唄が頭の中に直接響いてきた。正式には唄じゃなくてリズムカルにしゃべってるだけ、というか。掠れた低い男のような声だった。入り口の方を見てみた。奥の襖がさっきよりも開いていた(入って来たんだ、)恐る恐る視線を月路が見つめる先に向けると、金縛りにあったみたいにぴくりとも動けなくなった。

 (何だ、これ)

 化け物だ。

 不自然なくらい大きな茶色い目が2つ。鼻っぽい穴が2つ顔の中心にある。口は1つ。でも目同様でかくて妙に赤かった。頭には数本白い毛が生えてるだけで片耳が無かった。体が一番奇妙だった。丸いんだ。よく見たら背中がぐにゃりと曲がっていて手足が妙に短くて、足は膝までしか無かった。ぎらぎらと血走った目で月路を見つめてる。


 <女、女、女、女、女、>


 「い、っ…」

 『それ』の手とも棒とも似つかない腐って茶ばんだモノが月路の前髪を掴んで持ち上げようとした。
 『それ』に指は無かった。
 平べったい手のひらで挟む感じ。気持ち悪いし、死ぬほど怖くて、生まれて初めて命の危険を感じる。頭がずきずき痛んだ。動かない体に涙が出た。浴衣が肌蹴た肩口にボロボロの歯で噛みつかれた月路が引きつった悲鳴をあげたら月路の隣で寝てた田中が目を覚まして、こちらを見るなり「うわぁ!」って悲鳴を上げて飛び起きた。

 すると『それ』がそっちに振り返ってくれて奇跡的にオレの金縛りが解けたもんだから、咄嗟に月路の枕元の櫛を取って『それ』の頭に突き刺す。血みたいな、黒くてドロドロした液体を垂れ流しながら<うぎぃぃいいいぃっ>って狂った声を上げる『それ』から気を失ってる月路を引き剥がして抱き上げると肩に担いで、さっきの写経とかでちょっと覚えた念仏を唱えながら全力疾走で本堂から逃げた。

 入り口で見張りしてた筈のお坊さんはいなかった。

 …最初から見張りのお坊さんなんていなかったんだ。










 オレはお坊さん達がいるはずの離れの建物まで裸足で走った。

 以前助けた狐と鼬の霊が危機を察してか脚に憑いて助けてくれて、足取りはびっくりするくらい軽かった。小石とかで傷ついた足の裏も痛まない。一時的に感覚が無くなってるんだと思う。適当に誰かいそうな部屋の襖を勢いよく開けると、さっきの一番歳取ったじいちゃんのお坊さんと数人の若いお坊さんが飛び起きた。

 「っ坊さん、大変なんだ」
 「夜遅くにどうしたんじゃ?……まさか見たのか!?アレを!」

 アレとかよくわかんないけどアレなんだと思う。咄嗟にこくこく頷くと焦ったように若いお坊さん達がどよめいた。じいちゃんがただでさえ皺だらけのの顔をもっとしわくちゃにして駆け寄って来るなりオレにげんこつ。

 「いってぇ…」
 「早よ寝ろいうたじゃろうに!その娘はどうしたんじゃ!」
 「娘じゃないよ朝霞(兄)だ。噛みつかれたんだよ、何か茶色くて身体がまr…」
 「姿形を語るでない!」

 見たモノを話そうとしたら二度目のげんこつ。痛かった。
 そのまま月路は数人の坊さんにどっか連れてかれて、じいちゃんは本堂の男子を全員を叩き起こして大人数で全員に軽い御祓いを行った。みんな訳が分からないといった表情で両手を合わせていた。さっき悲鳴を上げた田中は泡吹いて気絶してたうえに布団に日本地図が(気の毒すぎる…)月路の布団の上には折れた櫛が落ちていた。

 オレ達の御祓いが終わってすぐ本堂の真ん中で月路の御祓いが始まった。
 若いお坊さん達が念仏を唱える中紅い血と黒い血の染みた浴衣を脱がされて、噛みつかれて残った歯形に清酒を振りかけられて酷く滲みたんだろう、目を覚まして肩を押さえて床の上でもがく。傷口からじゅうぅって焼けるような音と、スルメみたいな鼻を突く妙な臭いが充満。真っ白な背中に5文字の梵字を書かれた月路がぐったりと床に寝そべって、若いお坊さんにそのまま布団に寝かされた。
 思ったより御祓いは早く終わった。

 よくわからないままきょとんとその様子を見てたオレ達にじいちゃんは「今日のことは忘れて寝なさい」と言って無理矢理就寝させたけど、寝れるわけなかった。












 「アレは一種の祟り神。元は人の姿をした誇り高い天狗の山神で、山を開拓するのに邪魔だと迫害されてあんな姿になっちゃったんだって。以来女を喰ったり人を祟るようになって、鎮める為にこの寺が建ったんだ。でもたまに腹を空かせると餌を探してさ迷うらしい。本堂は結界が弱かったから入って来ちまったみてぇ」

 月路は肩に貼られたガーゼを撫でながら、「迷惑な話だよ、まったく」って眉を寄せて毒づいた。早朝じいちゃんに呼び出されて戻ってくるなりきのうのアレを説明してくれたのはいいけどちょっと窶れてるもんだから心配。また縁側に座りながらきのう助けてくれた猫と鼬の頭を感謝の気持ちをこめて撫でた。

 「まさか神様にまで女に間違われるたぁな…。しかもあの坊さん、俺がそいつを引き寄せたっつうんだ。帰るとき振り返るなってゆわれた」
 「お前男のにおいしねーもんだって」
 「んだよそれ」
 「まあよかったじゃん。喰われなくて」

 そうゆって月路の頭も撫でてたらちょっと納得いかないようで唇をとがらせてすぐいつもの落ち着いた表情に戻った。そのままうつむく。

 「…正が助けてくれたんだよな、ありがと」
 「どういたしまして」

 照れくさそうにそうゆった月路にオレまで照れくさくなって猫撫でて誤魔化してたら櫛のこと思い出してポケットから折れてしまったそれを「壊してごめん」って手渡した。月路は折れたそれを見て嬉しそうに星華と正両方に護られたってこぼして笑った(かわいいな、こいつ)男子にもモテる理由がわかった気がする。


 「俺も誰かを守れるくらい強くなりたいな、」


 なれるさ。

 返答の代わりにもう一度黒い髪を撫でた。







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