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心の唄


エスパー少女の憂鬱。








 入学してから最初の席替えがあった。


 「お前さ、視える類の人間だろ?」


 それもかなり、って。意味深に微笑みながらあたらしく隣になった男子がわたしにそう話しかけてきた。いつも背中にたくさんのモノを連れていたり、いなかったりする人。わたしと同じ黒い髪が印象的な、朝霞 月路くん。前に一度肩がぶつかったときにはもう、この人はそういったモノをなんとかできる人だとゆうのはわかっていた。それもかなり強い能力を持ってる(きっと、わたし以上に視えてると思う)まあ『視える』だなんてここで口にするつもりはないのだけど。

 だって、好きで視えてるわけじゃないから。


 「…なんのこと?」
 「え、お前もあの人と同じ反応するわけ?何で皆隠すかなー…」
 「あの人?」
 「今教壇の前に立って教科書読んでるあの人だよ」

 あの人と月路くんが指を差したのは只今教科書音読中の日比谷先生(そういえば、)すごい霊媒体質なんだったっけ?ぼんやり思いながら先生を眺めていると月路くんが艶めいた唇に弧を描かせて「あの人もほんとは視えてんだぜ」って今度は別の方向を指差した。


 「っ…?!」


 教室の入口前に、女の人。


 黒く長い髪と禍々しい念を垂れ流しながら、全身の関節が在らぬ方向に向いた体で地べたに這いつくばるようにしてじぃっと先生を見つめていた。


 (怨霊!)


 ぞわっと鳥肌が立って頭から血の気がひいていくのがわかった。全身に嫌な汗が滲む。恐怖で体が動かなくて。いつも視えてるからってそれが平気なわけじゃない(わたしだって怖いし、苦手)

 「アレ、視える?やばいよな」
 「…、っ」
 「目ェ合わせんな。殺られんぞ」


 目を合わせるも何も、目なんてない。破裂したみたいに潰れていて、真っ黒。


 動けずに視線をアレに向けたまま自分の腕を抱いてがたがた震えていたら月路くんがわたしの両目を片手で塞いで顔を自分の方に向かせた。情けないくらい怯えてしまってるわたしを見て「大丈夫か?」って髪を撫でてくれたんだけど大丈夫って恥ずかしくて振り払ったら、触れあったてのひらから日比谷先生やあの怨霊と関わる月路くんの記憶がてのひらから流れこんできて小さく悲鳴 をあげてしまった(うそ、やだ、やだ)

 「なあ、お前…まさかメトラー?」
 「………先生、死ぬの…」
 「大丈夫、死なせねえよ。俺がなんとかする」
 「…ほんとに?」
 「おう」

 やっぱ視えるんだな、って苦笑いして何故か手首に着けていた蒼い数珠を外した。月路くんはそのままそれをわたしの利き手に通してきた。何、って見上げたらわたしの頭をぽんぽんってして綺麗に微笑む。


 「好きで視てるわけじゃねえみたいだから」


 やるよ、それ。


 そう言って笑う月路くんに思わず目を奪われた(やさしい、な)
 「視える者同士よろしくな、こころ」って前に向き返った月路くんをぽけーっと見つめてたら先生にあてられて柄にもなく少し焦ってしまった。


















 『サイコメトラー』

 思念同調能力者。超能力者の数あるタイプの一種。対象の物質に触れることによって、その物質に込められた持ち主の記憶や思念や過去などを辿り、読み取ることができる。その能力は一般的にサイコメトリーと呼ばれている。

 わたしは物心つく前からその能力を持ち合わせてしまっていた。小さな頃から、望んでもいないのに色んな現実を視続けてきた。頭が破れそうになるくらいの感情を記憶を情景をこのてのひらで感じ続けてきた。もう視たくない、なんて今まで何度願っただろう。



 (…すごい、視えない)


 あれから視たいとつよく念じないかぎり、思念が頭に流れ込んでくることがなくなった。ふといけない物に触れてしまって頭が破れそうになることも。
 正くんが持ってきた写真(心霊写真、と呼ばれるもの)に指先で触れながらその数珠の効果に驚きつつそれをわたしに譲った張本人に目を向ける。「触っただけなら視えない」と一言つぶやくと、にっこり笑った。

 「どうよ?ここんとこ調子いいべ??」
 「…うん」
 「そかそか。よかった」
 「こころ、最近顔色いいよね」

 月路くんに安心したみたいな表情で頭をくしゃくしゃ撫でられたんだけどはずかしくて「やめて」と振り払ってしまった。その手はとてもやさしかったのに。(そういえば、視えなくなってから体調がいいかもしれない)霊の思念に取りつかれなくなったからかな。

 「うちのジジィが俺用に作ってくれたやつだから結構信憑性あんだぜ」
 「それをわたしに譲っちゃって、月路くんは大丈夫なの?」
 「俺はお前ほど力強くねえから」

 月路メトリングは得意じゃないんだよ、って正くんが落ち着いた口調で淡々とつづける。
 正くんは不思議な人だ。ころころ表情が変わる月路くんと正反対であまり表情がかわらないからか何を考えているのかわからない(でも嫌な感じがしないの)毎日朝早く彼が中庭の花壇に水やりをしているのを見かけた。死んだすずめを土に埋めてあげているところも偶々。
 共通するのはふたり共やさしいってこと。偽善でも何でもない本当のやさしさ。一緒に行動を共にすることが多くなってわかった。誰かと一緒にいて、嬉しいとか、楽しいとか、そう思えたのなんて初めて。


 小さい頃からずっと一人だったからよくわからないけど、月路くんも正くんも『友達』なんだと思う(だけど、)


――…何であいつまた月路くん達といんの?

――気にいられたいんじゃない?

――ちょっとカワイイからって生意気なんだけどー。だってあいつ月路くんと付き合ってるって話じゃん。

――うそー?!あのネクラが?有り得ないんだけど!!


 前の方の席に溜る派手な女の子達が盛大に陰口タイム。月路くんと正くんが好きなバンドの話を始めて上の空なのを見計らってか、わたしにも聞こえるようにわざとあの声量で話してるってゆうのがよくわかる。有ること無いことよくああも話せるなぁ…。

 (やっぱり、わたしなんかが一緒にいちゃいけないのかな)


 昔から視えるせいで陰口叩かれたり避けられたりするのには慣れてたけど、助けてくれたこの二人にこれ以上迷惑はかけられない。わたしのせいで変な誤解かけられたらどうしようもないし。


 「なに、帰んの?」
 「……ごめん、用事あるから」


 机の横にかけてたかばんを持って席を立つと「3人でマック寄りたかったのにー」っていつもの調子で唇を尖らせてる月路くんには申し訳なかったけど足早にその場を去った。


 なぜか、目の奥が熱くて熱くて仕方なかった。













 (こんなこと、慣れてるはずだったのに)
















 「やめて!おねがい!ここから出して…っ!!」


 (いる、いる、)ここには!

 放課後に突然体育館裏に呼び出されたかと思えば、立ち入り禁止の筈の倉庫の中に5人がかりで閉じ込められた。途端、不穏な空気にむせて半泣きで内側からドアを叩いて出してと懇願するもきこえるのは笑い声。

 「これくらい当然の報いっしょ」
 「てめぇのせいでうちらのダチが 死んでんの」
 「なのに何事もなかったような顔してさぁ、お前ほんとに人間?」
 「こころちゃんも死ねばいいんじゃなーい?月路くんもお前なんか邪魔だってぇ」

 そうゆってゲラゲラと可愛い見た目には全く合わない下品な笑い声を発しながら気配は遠ざかってゆく。


 3週間前、ここでうちのクラスの女子生徒が首を吊ったらしい。


 噂だとずっと好きだった人に彼女が出来たショックで死んだって(ああ、それは月路くんだったんだろうな)ただ、その彼女はわたしをここに閉じ込めた子達とあまり関わりが無いことは確か(単にわたしがいじめやすいだけだと思う)

 彼女やその子達にはいろいろと勘違いされてるみたいだったから月路くん達となるべく距離をおいていたつもりだった。突き放してばかりで気分まで悪くさせてしまうくらいだった(それでも構ってくれてたから尚更申し訳なかった)

 彼女はその様子すら気に入らなかったんだろう。小屋中から記憶が頭に流れこんでくる。彼女から見たわたしが。月路くんが。月路くんがいつもするみたいに笑顔でわたしの頭を撫でる。その記憶が、嫉妬に狂った感情に包まれて歪んでいく。


 それが壊れた瞬間、わたしの目の前に彼女が現れた。



 「っ…!」


 細めのロープに首をかけようとする彼女。やめてと叫ぼうとした瞬間、踏み台にしたダンボールを蹴りとばして苦しそうにバタバタともがいて跳び箱や重ねられたマットを蹴った。助けようにも霊体。助けようがない。

 
 すぐに彼女は動かなくなった。


 (どうしよう。わたしのせい、だ)

 (わたしは月路くんと付き合ってなんてない。友達だよ)こう伝えることができたら。彼女にこの言葉が届いてくれるなら。


 しかし、またすぐに吊された彼女の頭部がこちらに向いた。ぎょろりと眼球を剥いて、確かにわたしを睨んだ。途端ぞくりと背筋が凍って体が動かなくなってしまった(金縛り、)

 彼女はロープからすり抜けて床に落ちるとまた踏み台をロープの下に置いた。その上に立つと、またロープを首にかけて踏み台を蹴った。またもがいてもがいて、動かなくなった。

 彼女はひたすら自殺を繰り返した。

 その現場をわたしに黙視させ続けた。






 どれくらい経っただろうか。

 精神的に限界が近付いていたときに、自殺を繰り返していた彼女の動きがとまった。
 踏み台の前に立ってじぃっとこちらを見据えると、ゆっくり、ゆっくり、歩み寄ってくる。動けないわたしは逃げることができなかった。

 わたしの前で立ちどまった彼女が、立ったまま腰をがくんと曲げてわたしの顔を覗きこんできて引き攣った声が漏れる。不自然な体勢のままじぃっと睨まれた。


 「あなたも一緒に死ねばいいのよ」


 歪んだ声でそう囁くと目を全開まで見開いてわたしの首に手をかける(殺される…!)
 ぎりぎりとすごい力で首を絞められて朦朧とする意識。

 死ぬんじゃないか、って思った直後にすごいうめき声が聞こえて、彼女が目を押さえて苦悶の表情を浮かべながら後退したと同時にわたしの手首の数珠が音を立てて派手に砕け散った。蒼かった水晶の欠片は真っ黒くなって床に落ちる。砕けたところで手首が傷付いてじわりと血が滲んだ(でも、守ってくれた)



 「こころっ!!」


 金縛りが解けて手首を押さえて恐怖と彼女の様子に動揺していると、倉庫の小さな窓から月路くんが入ってきて続けて正くんが入ってきた。
 「わりぃ、嫌な予感してもっと早く来てたんだけど結界張るのに時間かかった」って謝りながらこちらに駆け寄ってきてそのまま強く抱きしめてくる(月路くん、)まさか来てくれるなんて思わなかったのと、その体温にすごく安心してしまって必死で堪えていた涙がぼろぼろと溢れた。有り得ない量の涙が月路くんの肩口を濡らした。

 「っつきじく…、わたし、っ」
 「大丈夫。お前は俺が守ってやるから」
 「ひ、」
 「だから泣くな。悪いのは俺なんだ。こころが全部背負う必要なんてない」


 (どうして彼の『大丈夫』を聞くと、こんなにも安心するんだろう)


 あいつも、俺がなんとかする。


 月路くんがそういってわたしから離れてすぐ、手首に巻き付けていた長い数珠を外して彼女に絡みつけると静かにお経を唱えはじめた。その間に正くんは自殺した霊は死んだ自覚が無い場合が多くて自然浄化されるまでの間何十年も自殺を繰り返すと教えてくれた。

 自殺した霊は自分で成仏できず、仮に人の手によって成仏させられたとしても良い所にはいけない、とも。

 それを聞いた瞬間、胸が苦しくなってまた涙が溢れた。






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