我が輩は猫だった 名前はひとつある。 「ほら、あの柿の木の上。ずっと何かが家の中を見ている気がしてねぇ…」 「あー…いますね、何か」 (えっおるの?!)婆ちゃんが指差す庭の柿の木をじぃっと見つめるミチ。今日に限って何も感じへんうちはどうやら負け組のようです。 近頃、学生の間では割と名が通ってた『月組』は、一般都民の皆さんにも少しずつではあるけど知れ渡って来た。その証拠に、今回の依頼人は学校の近所に住む婆ちゃん(正直若い姉ちゃん達よりもお年寄りからの方が定評があります)何やら数日前から庭に妙な気配を感じるらしい。…まあアイドルみたいに祭り上げられるよかええな。兄貴みたいになりたくあらへんし。俺は地味でええねん。 「ありゃ猫だな」 庭に入って、木の下に立って緑の葉が生い茂った幹を見上げるミチがそう零した。平屋の縁側に腰掛けた婆ちゃんは呑気に、「わたしゃお茶を入れてくるよ」と中に入って行ってしまった。野良猫でもおるのかと首を傾げながら俺もミチの隣に立って木を見上げる。 「あそこ」 「どこ?ちゅうか、こうゆうのって市役所の何とか課の仕事ちゃうん…」 「市役所が妖怪をどうにかできると思ってんのか」 「……え?」 うちのこと見上げてるはずやのに若干見下した目でゆいながら視線を戻してふかーく溜め息(うっわぁかわいくあらへんこいつ!)生意気! くそーうちももっと霊感強くなりたいわぁ、って拗ねとったらミチが小さく経を唱えながらさくらくんお手製の札を木の幹に貼る。 「これでどうだ、猫又さんよ」 ドスッ あろうことか、そのまま幹を思いきり蹴りつけた(何してはるのこの子?!) ピシッと音が立って、幹に亀裂が入る。人間の、しかもいくら鍛えとるゆうてもこんな華奢な奴の蹴り一発でこんな風に罅が入るわけあらへん。札の力が加わったっちゅうのは俺にもわかった。せやけど、亀裂が入っただけで何ら変化無し。ミチの白い顳に青筋が浮かぶ。 無言で再び蹴りかかろうとしたミチを慌てて後ろから抑え込んだ。 「ミチっ蹴ったらあかん!折れてまうやろ!」 「うるせー!何びびってやがんだ化け猫おおおおっ!!」 「落ち着いてぇや!」 何やら猫の霊(?)に対してマジギレしてはるミチコさん。蹴っても猫が落ちてこないことに腹を立てとるらしい。なんとか落ちつかせて、冷静に俺の考えを述べながら動作に移る。 「ええ?こうゆうのはな、揺すればええねん」 「揺する?」 あんまり太くない木の幹を両手で掴んで軽く揺らしてみせる。葉と葉がカサカサと擦れる音。するとミチが「なるほど!」ゆうて一緒になって揺すってきて更に木が揺れる。 〈に¨ゃっ〉 (…何や?)かなり上の枝の方から濁点のついた猫の鳴き声が聞こえた。やさしい口調で怖がんなって、ゆうたミチの手に力が入る。 〈にゃっにゃにゃにゃぎゃー!〉 「ちょっ、う、わぁっ」 「ミチ!」 ドサッ 上から降ってきたでかい何かを受け止めたミチが盛大によろけたもんやから、慌てて背後にまわって支えようとして俺まで尻餅。ミチが抱いてるモノが重すぎる。 「ミチ、大丈夫なん?」 「まあなんとか。ありがと、月島」 「お、おん」 礼言いながら後ろ向いたミチにちゅっ、てでこちゅーされておでこに柔らかい感触。 かわいくて軽く動揺しつつミチの髪を撫でながら腕の中のモノに目をやる。 (…か、かわええ!) ミチの腕に抱かれていたのは、ぶっちゃいくなでかいデブ猫やった。トラ模様で目つきの悪いドラム缶の上におりそうなやつ。不自然に青い目はギラギラしとるのに、殺気は感じない。ぶちゃかわな猫すきーな俺には涎物やった(ただ、) 「おい化け猫、大丈夫か」 〈はい、ありがとうございます…しかしちぃっとばかり乱暴ではないですかい?〉 「お前がびびって下りてこねーからだろ。諦めてあそこに憑こうとしてたろ?妖気纏わりついてたの祓っただけで木に亀裂入っちまったじゃねぇか」 〈すいやせんっ。この家の人間が美味そうな魚を七厘で焼いていたもんで、あっしは1匹頂けないもんかと登って傍観していたんでさぁ。そしたら下りれなくなっちまいましてねぇ〉 猫が人の言葉喋っとる! しかもよぉ見たら尻尾ふたつ付いとる! 〈しっかしあっしも綺麗な姐さん方に助けてもらったもんでさぁ〉 「…姐さん?クソ猫てめーを七厘で焼いてやろうか」 〈え?姐さん男??…痛い痛い!〉 毎度恒例の勘違いを受けて、猫の首の肉をぶにーっと無言で引っ張るミチ(もう諦めりゃええのに…)その外見で女否定すんのも無理あるしな。 「…あの、何かうちついてけてへんので補足したって下さい」 「ああ、これ化け猫だよ化け猫。 十年、四十年、或いは百年生きた飼い猫は『猫又』っつう妖怪に化けることがあんの。尻尾が二股に分かれてるだろ?だから猫又ってゆわれてるけど、一説では寝てる人間を跨いで呪いをかけるからそう呼ばれてるってのもある。人襲って喰うって聞いてたんだが、こりゃただのデブ猫だな…」 そもそも妖怪が実在することに驚きやわ…水木し○る先生に謝らな(信じてへんくてすんませんって) ミチが本日二度目の溜め息を吐きながら猫又を胸からおろして立ち上がると、さりげなく俺の手も引いて立たせてくれた。制服のスラックスに着いた土を叩いて払う。 〈むむ、失敬な!これでも太る前は人間の一人や二人…〉 「…一人や二人、何?」 「ゆうてみ?」 〈な、なんでもないです…〉 笑顔で「そかそか」いいながらぶるぶる震えとる猫又の頭を撫でとると、おぼんに急須と湯呑みを3つ乗せた婆ちゃんが戻ってきた(あっ柏餅!) 縁側に座って、お茶を頂きながら木のことを謝って猫又の説明をするも、婆ちゃんは妖怪自体が視えてへんようでしっくり来ん様子。重たいぶよぶよの体を抱き上げて見せてみるも、何かの気配は感じとるみたいやのにダメやった。 心無しか、猫又のぶちゃいくな横顔が寂しげに憂いを帯びていた。 「…もしかしてタマかい?」 〈!〉 タマ、って聞いた瞬間にぴくっと震えて顔を上げた(なん、) 〈…ヨシ江ちゃん、あっしを覚えていらっしゃるんでぇ?〉 「婆さん、俺を覚えてんのか?だって」 「ああ、覚えてるよ。タマとわたしゃよく遊んだもんでねぇ…もう六十年以上も昔の話だよ。庭先にこうしてよく遊びに来るタマに、母ちゃんに内緒で鰹節や魚の骨をやったもんだ。それなのに突然来なくなったもんだから、寂しくてよくここで泣いたよ…。タマはそこにいるのかい?」 「…おん、此処にいますよ」 膝の上のタマを指差すと、ゆっくりとか細くて骨ばった手をそこにのばして来る。 そのしわしわの手のひらは、しっかりとタマの頭を撫でていた。 青い目からぼろぼろと涙をこぼすタマは〈ヨシ江ちゃん、ヨシ江ちゃん〉と繰り返しながら、柔和に微笑んだ婆ちゃんにすり寄る。 俺には、婆ちゃんはタマがみえとるように感じた。 ほんなら、一体何十年越しの人と動物との友情になるんやろう? 「すまないねぇ、タマ。わたしにはお前が見えないよ。だけど、また遊びに来ておくれ。次はタマの好きな鰹節のかかった猫まんまを用意しておくからね」 申し訳なさそうに婆ちゃんが告げた。その目はほんとに優しい。なんだか良い場に立ち会えたもんや。ミチも機嫌よさげに優しく微笑んどる(久しぶりに見たわぁ)やっぱ笑顔かわええ! 〈楽しみにしてますぜぇ、ヨシ江ちゃん〉 「楽しみにしてるって」 「ほほほ、待っていますよ」 本日の仕事はこれにて終了。 (そこには小さくも確かな友情があった) 「で、何で俺に憑いてくんの?お前」 今日はジジィが留守ってのもあってしまん家には泊まらずにバス停で別れた。寺への帰路を歩いてる最中も、俺の背後をのそのそと付いて来るデブ猫・タマ。立ち止まって振り返ると、タマもぴたりと歩を止めた。 〈いやぁ〜姐さんみたいな美人で視える人ならあっしを可愛がってくださるんじゃないかと思いまして〉 「月島んとこ行けよ!」 〈関西人のノリはどうも苦手なんでさぁ。それに妙な気配がこの付近から…〉 「…そんなことゆって俺のこと喰う気だろ?」 〈姐さんみたいな痩せてる人間はあっしの味覚には合わんので喰いはしやせんよ〉 なぜだか無性に腹が立ったので「てめーは痩せろ!」って怒鳴ってから踵を返してスタスタ歩き出す。 最初は早足。 後ろをちらちら確認しながら歩くも、しっかり付いて来てるもんだから徐々に歩を早めて、最終的にダッシュしたらあっという間に自宅である寺の前。俺はにやにや笑う猫を睨み付けていた。 せめてもっとかわいげありゃいいんだよ。ぶさいくだしデブだし濁声だし生意気だし、可愛さの欠片もねぇ(こんなんかわいいとかゆえんのマジで月島くらいだと思う) それに俺は猫より犬派だ! 〈おや。姐さん後ろ、後ろ〉 「? 何だよ」 タマが短い前足で俺の後ろの玄関を指差す。 何かの作戦かもしれないと、タマを警戒しながら恐る恐る振り返ってみる。なにやら誰もいなくて真っ暗な扉の前に、楕円形の何かが置かれていた(何だ?) 小首を傾げながらタマと歩み寄ってみると、あろうことかそれは揺りかごで。 中には白い布にくるまれた赤ん坊がすやすやと眠っていた。 「……マジかよ」 お、お巡りさーん!助けて! (赤ん坊は専門外なんですけど!) → |