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どうぞこのまま(y*a)






がたんばさばさばさ、かつん。
地図定規方位磁針筆記用具。騒がしい音そのままに物が滑り落ちた。代わりに鮮やかな赤毛が机を彩る。端正な顔は背中から倒れ込んだ勢いで頭でも打ったのか、盛大にしかめられていた。おかげで普段よりは多少の可愛げが出ている。気がする。それならば、四六時中頭を打ちつけはしないものか。一瞬考えて、いやそれでは唯一の取り柄の頭が駄目になってしまうか、とユーバーは己の考えを自ら却下した。理想と現実との兼ね合いは難しい。珍しい「可愛げ」も惜しくなくもないが、破壊と混沌も失うには惜しい。
ユーバーにとっては最早生理的な部類に入るその欲を満たすのにかかせない軍師殿の頭はさて、大丈夫だろうか。一応、訊いてみる。



「打ったのか」
「……後頭部をしこたま」
「記憶は確かか。今の時期軍師の頭の中身を飛ばしてしまったとあっては、ルックに本気で殺されかねんからな」
「一応な、頭はそこまで柔ではない」
「成る程、体力が無い無いと思っていたら頭の防御のほうに回していたのか」



何だ大丈夫じゃないか。無事だった、という事はつまり自分の破壊欲求もこの先存分に満たされるという事だ。はははと軽く笑ってやると、じとりとした粘着質な視線が顔面を這いあがった。どうも相当痛かったらしい、生理的な涙を薄く滲ませた両目で睨み付けてきている。そそるだとかいう事は―少なくとも悪鬼の視点から見る限りでは―全くないにしろ、珍しさが勝ってユーバーはアルベルトの顔を凝視する。しょっちゅう眠たそうな顔をしているくせに、一日中観察していてもいつ欠伸をしているのか分からないのだから、これはなかなか愉快ではある。
蟻の巣を見守る子供に似通った表情の悪鬼に向かって、軍師は不機嫌さを隠しもせずに唇を動かした。必要最低限の抵抗は、何をしても力の差など分かりきっているせいだろう。あと、口先だけでも全力で抵抗する労力が惜しいらしい。



「いきなり何なんだ」
「この体勢でやる事といったら1つしかないだろう」
「……品のない話だ」



品。ユーバーはせせら笑う。品性など何だというのだろう。そんなものは産毛ほどの飾りにもならない。
人間の理性の皮など簡単に剥がれてしまうものである事を、ユーバーは悪鬼に相応しいやり方で知っていた。大抵は刃物を喉元に突きつけてやれば、命乞いやら悲鳴やら嗚咽やら、実にネガティブで汚らしく愉快な表現で各々の生存本能がずるりと顔をのぞかせる。のだが。この男は数少ない例外のひとつだった。
出会って最初の頃は面白がって事あるごとに脅してみたものの、じきに飽きた。殆ど何の反応もなかったからだ。自分の好む汚らしさとは対極にいるようなこの男の、鉄壁とも言える理性の向こう側は、果たして他の人間と同じく汚らしい形で表に出てくるのか怪しいものだった。余程上手く押し隠しているのか、それとも存在すらしていないのか。とにかく期待していた反応は得られなかったので、それならばと人間の欲求に基づいて色々行動に移してみたのだ。
結果、結論はとうに出ている。こいつが曝け出したのは汚らしさとは少々趣向が違うものだったし、手段としてはおそろしく温いものの、アルベルト相手には「これ」が一番手っ取り早い。



「つまりこうされる度に、おれはお前の生理的欲求と知的好奇心の犠牲になっているという事か、ユーバー」
「そういう事になるか。不服ならたまには全力で抵抗してみればどうだ、軍師殿」
「体力が惜しい」
「頭の防御で手一杯だからな」
「黙れ」



完全に放棄の口振りだった。続けたければ続けてしまえと言われたような気がした。気がしただけで本当は違うのかもしれないが、塞いだ口と口、ただ互いの息に溺れるためだけのような行為をしたって何にも言わないのは多分そういう事なのだろう。もし違ったとして曖昧にぼかしたこいつが悪いのだ。どうせならもっとしおらしい台詞を吐けば、それでこの涙の膜がはった目ならば「そそる」という奴が無くはないかもしれん。またユーバーは勝手な想像をして、即座に意見をひっくり返す。
ああ、やっぱりやめだ。そんな言葉を吐くアルベルトなど想像したくもなかったし、現実にそうなったとして興味はわいても一瞬だ。このままがいい。このままが。
どうぞこのまま。悪戯にふらふらとする思考を知ってか知らずか、軍師はその眠たげな両目をゆっくり閉じる。人外の魔物相手に、こうも不遜な態度を取ってみせる人間などいるだろうか。警戒心の欠片も見せないくせに隙も見せないのだから、本当に全く可愛げのない。しかしその可愛げのなさこそが、ユーバーがアルベルトを気に入っている理由のひとつなのである。





どうぞこのまま

ユバアル。
そういえば身勝手というか何と言うか 人外らしい人外は書いてない気がしたので
これが人外なのかと訊かれて「はいそうです」とも言えないんですが…







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あきゅろす。
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