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櫓pilogue.1


ドアノブを捻ると、扉はなまえがジャックの部屋へと入ることを容易く許した。
無駄なものがないシンプル(いや、殺風景の方が似合うかもしれない)な部屋。
それほど広くはない部屋で目に付くベッド。その上に眠るのは、焦がれている愛しい人。
ごくり、唾を飲み込んだ。手が震えて林檎を盛った皿がかたかた揺れた。
備え付けの簡易テーブルに皿を置くと一歩、ジャックへ歩み寄る。ジャックは現実世界と夢の境界線を遮断するよう、瞳を閉じて眠っていた。
時折開く唇から漏れる寝息。薄いピンク色の唇になまえは噛み付きたくなる。唇を塞いで、噛み付いて。自分の名前だけを呼ばせたい。
もう一歩近づく、もう一歩。手を伸ばせば触れられる距離まできた。
眠っているのなら、少しくらい。震える手を伸ばした。ゆっくりなまえの指がジャックの頬に触れた。
冷えた指が触れたせいか、ぴくり、ジャックの眉が動く。慌てて手を引っ込めた。

「…ジャック?」

小声で名前を呼んでみる。どうやら起きてはいないようだ。規則正しい寝息が聞こえてきてホッとする。
ジャックの頬に触れていた指が、熱い。指先だけが熱を持ったように。
起きないようにそっと、もう一度手を伸ばしてみる。次は唇に、軽く触れてみた。
柔らかく、少し湿った感触。ドキリ、心臓の高鳴る音がした。

「ジャック」

衝動。止められなかった。なまえにとってジャックは眩しすぎて、手を伸ばせないほどの人物だったのに。一度触れてしまえばその感情は脆く崩れ落ち、今となっては剥げ落ちた歪んだ愛だけが残された。
口付けたい。唇に。眠り姫を起こす王子のように。目覚めてくれなくても構わない。口付けの瞬間だけ、王子を演じていたい。
ジャックの顔の横へ手をつけばなまえの重みが加わったスプリングがぎしりと唸った。
顔を近づけると間近で見える顔。ずっと見ていた顔なのにどこか新鮮に見えるのはきっと寝顔のせいだろう。
なんだか甘い香りさえ漂っている気がする。なまえはそう錯覚した。この甘い、甘い香りは林檎のものじゃないから。
呼吸のため薄く開かれた唇に目をやる。綺麗なピンク色。ごくり、唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。
ゆっくり、ゆっくり。秘め事のように顔は近くなる。唇も。目も。全てが至近距離。
なまえは思う。今全て、ジャックの全てを独占している!夢が叶ったのだ!今、ジャックはまさしく俺だけの、俺だけのもの!
後ろで放置された林檎は空気に触れ、既に色を変え始めた。それは愛が歪んでいくのによく似ていた。




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次回こそ最終回…のはず。




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あきゅろす。
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