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キス1回で許してあげる










「…………」



仕事から帰宅し、琥太郎が玄関で立ち尽くして早、5分が過ぎようとしていた。

玄関で突っ立ているのは、決して妻の出迎えを待っているわけでもなく、奇妙な物が玄関にあるからでもない。
いや、奇妙な物はないが琥太郎の視線を奪う1つの物体がその場には存在していたのだ。琥太郎は先程から玄関に置かれてある一点に目を奪われている。


そんなに広くない玄関。
そこに置かれているのは自分の靴と、それより一回りも二回りも小さい見慣れた女性物の靴。そして琥太郎の目線の先にある。



「誰の靴だ…」



きちんと揃えて置かれている琥太郎の知らない靴。しかも見るからに男物だ。

嫌な予感がする。
今日、誰かがこの家に来るなんて琥太郎は知らされていない。誰が自分の留守の間に来ているんだ。と、眉をしかめながら琥太郎はやっと靴脱ぎ、素足で家に上がる。
すると玄関に向かって来る足音が聞こえてきた。




「あ、やっぱり帰って来ていたんですね琥太郎さん」



琥太郎が帰って来た気配はするのになかなか家に上がって来ないのを不思議に感じたのか玄関に琥太郎の妻、もとい月子が笑顔で現れた。



「お帰りなさい」


「あぁ、ただいま。なあ月子」


返事をし、琥太郎は月子にすぐに靴の主について聞こうとした、その時。



「お帰りなさい。星月先生」



月子の後を追ってきたかのように、月子の背後から見知った顔が覗かせた。




「……東月?」



琥太郎の口からは即座にその人物の名前が出た。名を呼ばれた錫也は口角を上げ、琥太郎に挨拶をする。



「星月先生お久しぶりです」


「だな。結婚式以来か?」

「…そう、ですね」


「で、何で今日はお前がここにいるんだ?」


今、1番気になることである事柄を琥太郎が問う。すると答えたのは錫也ではなく月子だった。



「あ、あの私が呼んだんです」


「てことは七海も来るのか?」



当然と言えば当然の問い。月子が錫也を呼んだということは日本にいない羊を除き、幼馴染み2人を呼んだのか。という想像がつく。
だが、そんな仮定は月子によって崩された。


「いえ、今日は錫也だけ呼んだんです」



「料理を教えてもらいたい。ってこいつが今日電話して来たんですよ」


「あ、錫也!言わないでよ」


「えー?でも星月先生のために美味しい料理を作りたいからだろ」


「で、でも内緒で驚かせようと思ってたの」



「はは、でも俺がここにいるのを見たら分かっちゃうんじゃないか?」


「あ…そっか」





「………」


月子と錫也が言い合っているのを琥太郎は黙ったまま見ていた。
言い合い。それは端から見れば仲の良い男女の痴話喧嘩であった。




「月子、」


「何ですか?琥太郎さ…」

月子は琥太郎に目を向けた。そして琥太郎を見て、言葉を途中で止めてしまった。
決して琥太郎の表情は怒っているわけでもなく、悲しんでいるわけでもない。
しいて言葉に表現するならば普通だ。
なのに琥太郎の顔を見て、月子は言葉を失った。



「料理楽しみにしている」


黙ってしまった月子に琥太郎は微笑し、月子の横をすり抜け、自室の方へ歩いて行った。











自室に戻った琥太郎は眠いわけでもないのに意味もなくベッドに倒れこむ。


「はあ……」



深く、息を吐く。
ざわついている自分自身を落ち着かせるように。

だがそれも束の間。
コンコン。と部屋のドアを叩く音がした。来た人物は誰か、その手慣れたノック音で琥太郎は分かった。



「どうした?」


「あの、琥太郎さん」


声と共に開いたドアから月子が顔を出した。
琥太郎は上体を起こし月子に視線を向ける。すると月子と目があう。月子は迷いながらも言葉を紡いだ。



「怒ってますか…?」


「何でそう思うんだ?」


琥太郎は苦笑いを見せながら言うと月子は視線を琥太郎からずらした。



「さっき…怒っているように見えたから」



申し訳なさそうに身を縮める月子。きっと、自分が何か悪いことをしたのだと思っているのだろう。

決して、月子は悪くないのだ。悪いのは自分。
月子を見て、琥太郎は自分自身に苦笑した。
バレていたのだと。
苛立っていたことが月子には分かってしまったのだと。


顔に出したつもりはなかったが、些細な違いさえ読み取られてしまう。
こういう時夫婦とは厄介だと思う。しかし、それが夫婦なんだろう。



「月子、」


「琥太郎さ……んっ」



琥太郎は静かに月子に口づけをした。

自分の留守中に妻と自分以外の男が2人っきりで居るという事実。
決して月子が彼を“幼馴染み”と見ていても。その幼馴染みは月子を“女”と見ている。それは結婚しても変わらないことだと琥太郎は確信している。
だから、“幼馴染み”のカテゴリーでこの場にいても、琥太郎は妬いたのだ。


そんなみっともない嫉妬。その嫉妬がバレたかは定かではないが、“怒っている”ということはバレてしまっていた。
そして月子は部屋まで自分を追ってきてくれた。その事実が琥太郎の苛立ちをやんわり収めていった。

唇が離れると嫌な魔法が溶けたように琥太郎は笑った。


「怒ってないよ」


「で、でも…」


「何だ、信じられないのか」


琥太郎の言葉が信じられないのか月子はまた俯いてしまう。さて、どうしたものか。琥太郎は暫く考え、そして1つの名案が思い付く。





「お前からさっきと同じことをしたら許すぞ」


「え…?」


聞き取れなかったのか、はたまた言葉の意味を理解出来なかったのか月子は顔を上げ呆けた顔をする。



「だから、キス。お前からしてくれたら許す」


「え、え!?」


「なんだ、そんなに驚くことか?」


キスなんて結婚する前も後も何十回何百回したか分からないほどしたというのに。
キスをする。という行為のういういしさは月子には未だあるらしい。


月子は顔を真っ赤にして困り果てた表情をしていた。そんな表情を見て、琥太郎は微笑する。
なんて、可愛いんだろうと。

キス1回で許すどころか、キスで戸惑う月子を見るだけでどんな怒りでも許したくなる、と琥太郎は思った。

そして、戸惑っている月子に琥太郎はそろそろ助け船を出すことにした。




「月子、さっきのは冗談だ」


「え?」


「だからその分、美味しい夕飯を作ってくれ」


「それで良いんですか…?」


「ああ」


「………」


「何で黙るんだ?」



「べ、別に…何でもないです……」



困った顔をしていたから冗談だと言ったのに、月子は不満げな顔をしていた。



「やっぱりキスしたいの…」


「台所に戻ります!!」



琥太郎の言葉に月子は顔を赤くして反射的に言葉を返した。
そして月子はゆっくりと踵を返す。そんな月子の様子を見て琥太郎が声なく笑った。その刹那。月子は一度背を向けた琥太郎に向き直り琥太郎の胸ぐらを掴んだ。


「おまっ、なにす…!」



琥太郎はバランスを崩し前屈みになった。琥太郎は驚き声を上げる。だがその口を月子は自身の唇で閉ざした。
軽く、優しく。



「っ…!」


「お、美味しい夕飯を期待しててくださいね!」



顔を塞ぎ込みながら月子は慌てて琥太郎から離れ、部屋から勢いよく走り去った。

琥太郎は呆然とその場に立ったままドアを見つめた。まるで玄関で立ち尽くしていた時のように。しかし、玄関にいた時とはまるっきり違う気持ちだった。


数分前、自分は凄く苛立っていたのに。その気持ちはキスで吸い取られてしまったように。



「俺も単純になったな」



自分の唇を優しく撫でながら琥太郎は台所に足を進めた。























キス1回でしてあげる

「月子、顔を赤くないか?」

「え、そ、そんなことないよ錫也!」


(何かあったな…)





















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企画相思相愛様に提出作品。


旦那になった琥太郎さんでも幼馴染みで料理の先生(?)錫也に妬いてしまえば良いと思い、書かせて頂きました。

旦那企画という、素敵な企画に参加させて頂きありがとうございました^^


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