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颯〜はやて〜
「熱が出た日」

「おっは……よ…う?」

朝、いつもの通り元気に挨拶したヒノエが見た物は、誰もいない部屋だった。

「…えっ!? なんで!??」
ヒノエが起きてくる頃にはみんなちゃんといて、朝餉が用意されているのに今日は誰もいなかった。

「…ヒノエ、今頃 起きてきたのか?」
「!! 親父!…良かった」
湛快の姿を見、ヒノエはホっとした。

「なんだ、ヒノエ。もしかして寂しかったのか?」
湛快がニヤニヤしながら息子をからかった。

「バ、ババ… そ、そんなんじゃね〜よ!!」
図星だったりする。

「そんな事より、母上は?……敦盛も…」
「…それが……」

       颯〜はやて〜「熱が出た日」

「坊が明け方頃から熱を出してな……若葉が今診てるんだが…って、ヒノエ!!」
ヒノエは湛快の言葉を最後まで聞かず、敦盛の部屋に向かった。

               ☆

「あ、敦盛っ!! 大丈夫か!?……いでっ!??」

敦盛の部屋の戸を開け、心配だったから いつもより大きな声で言った。
…そんなヒノエに湛快のゲンコツが振り下ろされた…

「このバカ息子が。病人の前では静かにしてろ」
(だからって殴る事ね〜だろ!)
ヒノエは殴られた場所をさすり、心の中で文句を言った。

「若葉、坊の具合はどうだ?」
敦盛の額に手を当て、妻に様子を聞いた。

「…風邪とかではないみたいです。たぶん、疲れが溜まって熱が出ているのかと…」
昔、薬師の勉強をしていた若葉が診断の結果を報告した。

「………若葉どのの診たて通りです……寝ていれば…良くなるかと…」
よわよわしく、敦盛が答えた。

「そ、そうなのか!……良かった…」
敦盛の側に寄りヒノエも額に触れてみた。

(………熱、高いじゃんか……)

「だが寝てるだけで良くなるモノなのか? 他に熱を下げる方法は無いものか」
「滋養のある薬湯くらいなら 私にも調合出来るけれど…」

「それだ! 母上、作ってください」
「材料なら調達してくるぜ」
「オレも!」
「…ヒノエ、お前はダメだ」
「!!! えっ!? なんでだ!!?」

思わぬ湛快の返事にヒノエは仰天した。

滋養がつく薬草があるのは、日置川峡の絶壁だという。
日置川峡は横風が凄く、しかも一昨日の嵐で水位が上がっていて、子供には危険だと湛快は諭した。

「なんだよ! 子供扱いすん…な゛っ!?」

思わず大声になってしまい、またゲンコツを食らってしまった。

「おめぇは坊の側にいてやれ。病気の時は心細くなるから」
湛快はポンポンっと、ヒノエの頭を軽く叩いた。

               ☆

「じゃあ、行ってくる」
「湛快さん、気を付けてくださいね。
 私も弁慶くんくらい、薬の知識があれば解熱の薬を調合出来るのに…」

湛快を見送りながら、若葉は自分の歯痒さを悔いた。

「な〜に言ってんだ! お前は良くやってるよ。俺には出来たヨメさんだ」
「まぁ、湛快さん」

(……何玄関でイチャイチャしてるんだよ!…オレもいるんだけど)

いつまでもラブラブな両親を、ヒノエは呆れながら見ていた…

               ☆

“敦盛の側にいろ”と言われたが……ヒノエは敦盛の部屋の外にいた。

苦しそうな敦盛の姿を見ているのは辛かったからだ。

(………オレ……なんにも…してやれないのか…?)

ぼんやりと敦盛が熊野に来てからの事を思い出していた。

(………アイツに熊野のいいところ、沢山見せてやりたかっただけなのに…)

京にいた時、こんなに外出する事など無かったのに、熊野に来てからは家にいる事の方が少なくなった。

(……………オレが……連れまわし…過ぎたから…)
ヒノエはシュンと反省した。

「………ヒノエ……どこ?」

(!!!)

部屋の中から敦盛の小さな声が聞こえた。

「なんだ、敦盛…!? バカ! 何やってんだよ!!」

部屋に入ったヒノエが見たモノは、部屋の中でウロウロ徘徊している敦盛だった。

「あ…ヒノエ、いた」
ヒノエの姿を見、ぽてぽて寄ってきた。

「ちゃんと寝てないとダメだろ!」
敦盛の手を引き布団に入るよう指示した。

「……だって……ヒノエ…いなかったから」
メソメソ泣き出した。

「…まったく! そんな事で泣くなよ……熱…下がんねぇぞ?」
「………うん」

敦盛の額に触れてみた。朝より熱くは無かったがまだ熱はある。

「……ヒノエ、ゴメンね…」
「??? 何、謝ってるんだよ??」

突然の謝罪に意味が理解らなかった。

「…今日は……もうちょっと遠くまで遊びに行こう、て…言っていたのに…」
クスンクスンとすすり泣いた。

「そんな事くらいで泣くな! そんなの、元気になってからでも行けるだろ!
 …お前は、元気になる事だけ考えてろ」
「…うん……やっぱり、ヒノエは優しいね……好き」

(!?!?!?な、ななな…何言ってんの、コイツ!?)

ヒノエは混乱し、頭を抱えた。

……ソ〜っと、顔を上げてみると……

「スゥスゥ…」
…敦盛は寝息を立てていた…

(!!!!!〜……はあ……やっぱコイツにはキチンと教育してやんないと…)

敦盛の天然さと 無警戒さに 呆れ、ヒノエはため息を吐いた。

               ☆

敦盛が目覚めた頃、湛快が薬草を摘んで戻ってきた。
その薬草で作った薬湯を若葉が運んできた。

「さあ、敦盛くん。薬湯が出来ましたよ」
若葉がニコニコしながら敦盛に手渡した。

「ちゃんと、全部飲むんですよ。私は夕餉の支度をしているから、ヒノエ、湯飲みを持ってきてね」
「わかったよ、母上」
若葉はそう言い、台所へ向かった。

「………」
敦盛はジ〜っと薬湯の入った湯飲みを見た。
「…? どうしたんだよ。温かいうちに飲まないと身体、暖まらないぞ?」

「……だって……にがい……おいしくない…」
薬湯を布団の横に置き寝転んだ。

「………寝てれば……治る…」
布団を被って薬湯を拒否した。

「あ〜つ〜も〜り〜!」
ヒノエはガバっと布団を剥いだ。

「寝てても治ってないじゃねぇか! さっさと飲め!!」

敦盛の着物を引っ張り、起こした。そして湯飲みを敦盛の口に当てた。

「む゛む゛〜!!! にがいのだ〜! イヤなのだ〜!!」
薬湯の苦味が敦盛を襲った。

「暴れんな! 薬湯が零れるだろ!」
「む゛む゛む゛…わ、わかったのだ! 自分で飲むから!!」

自分で飲む方が薬湯の苦味と戦えると覚悟した。

ヒノエに湯飲みを渡されスー…ハー…と、深呼吸し

「えい!!」
敦盛は一気に薬湯を飲み干した。

「よしよし、全部飲んだな」
空っぽの湯飲みを確認し、ヒノエは満足気にうなずいた。

「う゛う゛う゛〜〜…もうイヤなのだ〜」
「イヤなら熱なんて出すんじゃね〜よ」

湯飲みを受け取り口直しの水を渡した。

「……だって………出てしまうのだ…」
水を飲み、自分の身体の弱さを嘆いた。
こればかりはヒノエにはどうする事も出来なかった。

「…だ、大丈夫だって! 熊野で暮らし始めてからのお前は、京にいた頃よりずっと元気になっているじゃね〜か!
 熊野にいれば、そのうち病気だって良くなるよ」

「…ほんと……かな?」
「もちろん! オレに任せとけ!」

――“そうだと嬉しいな” 敦盛はニッコリ微笑むのであった ――

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