颯〜はやて〜
「風邪を引いた日」
「……うう〜ん…」
「まったく…雨だというのに、外に行ったから風邪など引くんですよ」
ヒノエは“弁慶のお願い”を回避する為、昨日は雨の中ずっと外で過ごしていた。
日が落ちた頃に帰ってきて、案の定風邪を引いた…
颯〜はやて〜「風邪を引いた日」
「…水がぬるくなってきましたね。氷をもらってきますから、おとなしくしているんですよ。
…といっても、そんな元気ありませんね」
弁慶は皮肉を言い、部屋を後にした。
(…くっそ〜……後で覚えてろよ…!)
ヒノエは心の中で悪態を吐いた。
「…ヒノエ〜……大丈夫…?」
弁慶が出ていってすぐ、敦盛が部屋に入ってきた。
「!!! バカ! お前入ってくるんじゃねえ!」
「!!……ひ〜ん…」
突然怒鳴られ、敦盛は泣きながら部屋を出ていった。
「……あ…」
ヒノエは敦盛に、風邪をうつさないようああ言ったのだが、しんどかったので、キツイ言い方をしてしまった。
マズイ事をした、と思った。
………しばらくして弁慶が氷を持って帰ってきた。
「キミは本当に阿呆ですね。もう少し言い方があったでしょうに…」
「………うるせー……わかってるよ…」
泣きながらヒノエの部屋を出てきた敦盛とすれ違い、理由を聞いた弁慶はキチンとヒノエの真意を伝えた。
「僕がちゃんと説明しておきましたから、敦盛くんも誤解していませんよ」
「…………そう…」
ヒノエはホっとした。
☆
「弁慶どの、どこか行かれるのですか?」
ヒノエが眠ったのを見て、弁慶は外出の準備をしていた。
「ああ、敦盛くん。ちょっと薬草を摘みに行ってきますね」
熱冷ましの薬草が終わりそうなので採ってくるのだという。
「わたしも行きます!」
自分もヒノエの助けをしたいと、敦盛も協力を申し出た。
「……えーと……」
弁慶は困ってしまった。
敦盛の気持ちは大事にしてやりたいが、昨日からの雨は止みそうにない。
こんな雨の中、敦盛がノコノコ出てった日には、ヒノエより重い風邪を引きかねない。
「わたしも準備します! 待っててください」
敦盛は雨具を取りに、自分の部屋に行こうとした。
「あ、あのね 敦盛くん!」
弁慶は必死に引き止めた。
「えーと……そうだ! キミには別の事を頼もうと思っていたんですよ」
「? 別のこと?」
「ええ、ぜひ キミに…!」
☆
(………ヒマだ………)
目が覚めると、ヒノエは結構元気になっていた。
元々病気とは無縁のヒノエなので、回復も早かった。
(…でもアイツが帰ってきた時、寝てねーとうるさいし…)
ヒノエはゴロンと寝返りを打った。
(……敦盛…さっきの事……気にしてねぇ…よな)
弁慶がキチンと説明したと言っていたが心配だった。
「おや、ヒノエ。起きていたんですか」
弁慶が薬を持って部屋に入ってきた。
「風邪薬を作ってきましたから、飲んでください」
「………」
ヒノエは明らかにイヤそうな顔をした。
「なんて子でしょう。せっかく僕がこの雨の中、薬草を採ってきて作ったのに」
「だって苦いし!……もう熱も無いみたいだし…」
ヒノエは何とか、薬を拒否ろうと必死になった。
「風邪は治りかけが一番大切なんですよ。人にうつるのも、治りかけの時が感染しやすいんですから」
弁慶は薬をさじで適量とると、ヒノエの口元へ持っていった。
「ガキ扱いすんな! い〜の! 飲まない!」
すっかりヘソを曲げ、ガバっと布団を被ってしまった。
「困った子ですね。せっかく敦盛くんがキミの為に作った薬なのに…」
(…え?)
「敦盛くんがキミの為に何か出来ないか…と言うので、採ってきた薬草を、磨り潰す係りをしてもらったんです」
素人に薬の調合をさせる訳にはいかないので、“もちろん薬の調合は僕がしましたから”と、付け加えた。
(それじゃあ薬は苦いままじゃね〜か)
ヒノエは布団から顔だけ出して遠い目をした。
チラリと半分開いた襖が目に入った。
(!?)
敦盛が襖の隙間から、ジ〜っと様子をうかがっていた。
(……そんな目で見るなって…)
ヒノエは“ハア…”と一息吐き“…わかったよ”と薬を飲む決心をした。
「はい、どうぞ」
弁慶が差し出したさじを受け取り、ヒノエはいっきに薬を口に入れた。
「〜!〜!?〜!!! にげ〜!!」
ヒノエは苦悶の表情を浮かべた。
「はい、お水」
弁慶が水を差し出す前にふんだくって、いっきに水を飲み干した。
「いい子ですね、ヒノエ。よく出来ました」
弁慶がヒノエの頭をいい子いい子した。
「だからガキ扱いすんなって!」
ヒノエは弁慶の手を払い、また横になった。
「そうそう、今日一日寝ていれば、明日には風邪も治っていますね」
「あったりまえだろ!オレを誰だと思ってんだ」
弁慶は水差しを用意して、
「夕餉の時間に呼びに来ますね」
「別にい〜よ! 来んな!」
ヒノエは“ベー”と舌を出した。
「おや?敦盛くんに呼びに行ってもらおうと思っていたのに…」
夕餉の頃には全快になっているはずなので、敦盛が部屋に入っても大丈夫なのだ。
「キミがイヤなら、敦盛くんには僕から言っておきますね」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
立ち上がり、部屋から出て行こうとする弁慶を、ヒノエは止めた。
「……ゆ、夕飯はみんなと食べたいから呼びに…来て」
テレくさいので、弁慶と目を合わせないように、ヒノエは用件を伝えた。
「はいはい、敦盛くんにそう言っておきますね」
弁慶は素直じゃない甥を、微笑ましく思いクスクス笑った。
「わ、笑うなー!! お前は早く出てけー!」
ヒノエは真っ赤になって、弁慶を部屋から追いだした。
☆
「……まったく…!」
ヒノエはひとり部屋に残され、ゴロンと布団に寝転んだ。
(夕飯まで寝とくか)
ヒノエはチラっと襖を見た。
(?)
きっちり閉められている襖から視線を感じた。
(………まさか)
ヒノエは布団から抜け出し襖に近づいた。ガラっ!と勢いよく襖を開けると…
「…あ!……ヒノエ…その…」
敦盛が部屋の前でちょこんと座っていた。
「お前…こんなところで何してるんだよ!」
「…あの…ね……ゆ、夕餉の時間にヒノエを呼びに行くから…」
だから部屋の前で待っていたのだという。
「あのなぁ、夕飯まで、どれだけ時間があると思ってんだよ…」
未の刻になったばっかりだった。
「でも……ヒノエのそばに…いたい」
敦盛はモジモジしながら、自分の思いを伝えた。
「雨降ってんだ! 廊下じゃ冷えるだろ!! 部屋で待ってろ!!!」
「わ、わかったのだ〜」
ヒノエがプンプン怒ったので、ピュ〜と走っていった。
「…ったく」
―― 雨はまもなく止み、二日ぶりの夕日が鮮やかに照らしていた ――
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