[携帯モード] [URL送信]
月見酒

シトラスは一人、見張り番の隊に全て自分がらやると言い張り、甲板で月見酒を楽しんでいた。
空には満天の星と少し欠けた月。
しかしそんな輝く星とは裏腹にシトラスの心はひどく暗かった。
昼間のマルコとの腕試し。ほんの少しばかり、自分の血を見ただけで理性を失ってしまったことにたいして自己嫌悪に陥っていた。

「何物思いにふけってやがる」

「オヤジ」

後ろからあらわれたでかい体のオヤジがたっていた。シトラスはオヤジに酒を注いだ。ナースから怒られるかもしれないが構わなかった。

「いい月見酒じゃねえか」

グラララと独特な笑い声を上げた。

「でしょ。雲はなくてよく晴れてる。月が満月じゃないのが残念です」

シトラスは残念そうに肩をすくめた。

「船を下りようとか考えてるんじゃねぇだろうな」

オヤジの問いにシトラスはそれはないと答えた。

「もうこの船に乗るって決めたんです。僕のモットーは一度決めたら変えないっていうの、忘れたんですか?」

「グラララ、そうだったな」

「ただ少し早かったかもしれません。他人の血は平気ですけど、自分の血はやっぱりどうしてもだめなんです」

シトラスはもうかさぶたとなった頬の赤黒い筋に触れた。すこし凹凸がある。

「あれはおめぇのせいじゃねぇ」

「わかってますよ。あれは僕のせいじゃない。僕はたまたまあの時あの時間あの場所に居合わせた。逆に巻き込まれたことを怒ってもいいぐらいですよ、僕は。だけど事の引き金を引いたのも僕。それはまぎれもない事実です。それを考えると、どうしようもなく悲しくなっちゃうんですよ。目を閉じれば悲鳴が聞こえてくるきがして、自分の体が血で真っ赤に染まっているようで怖いんです」

オヤジは何も言わず酒を飲む音と波の音だけになってしまった。

「俺はお前を船から降ろす気はねぇ。もちろんこの船にいるほかの馬鹿息子どももお前を追いかけるはずだ」

オヤジの言葉にシトラスは本当に困ったように悲しそうに、しかし穏やかで幸せに満ちた微笑を浮かべた。

「それぐらいわかってますよ」

シトラスは酒とはまたちがう暖かいものを手放したくないと思った。



酒も気持ちも前向きに




翌朝。
マルコとビスタは目の前の光景に少し度肝を抜かれていた。

「どうするよい?」
「どうすると言われても、ほうっておくべきでは」
「朝食が終わったらこいつうるさくなるよい」
「では起こすか?」
「頼むよい」
「いや、ここは保護者であるマルコが」
「……………」
「やはりほうっておこう」
「……よい」

長男たちの目の前にあったのは甲板の床で大きないびきをかきながら大の字で寝ているオヤジと、その腹の上でまるで犬か猫のように小さくなってスヤスヤと眠っているシトラスの姿だった。
ビスタは起こさないようにそっと二人に毛布をかけたのだった。





[前へ*][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!