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Andante
6


錬が合宿に行くと、今まで通りの退屈な生活が俺を待っていた。
俺のよりどころは部活だった。
歪んだ学園の中でも、他校との交流が多い運動部の奴らは比較的まともだ。
錬と違って野球そのものと言うよりは部員との連帯感が好きだった。

今日も部活を終え部屋に戻るその時、男子校にそぐわない高い声が俺を呼んできた。


「藤堂く〜ん」


イライラしながら振り向くと、ちょっとごめんねなんて言いながら話を切りだしてきたのは明石純平だった。


錬にとって一番危険なのはこいつだ。
明石が隊長を努める会長の親衛隊と、高等部にいる明石自身の親衛隊。
2つの親衛隊にツテのあるこいつは最大の脅威である。


「前一緒にいた子、転入生だよね?サッカー部なの?」

「わかりきったこと聞いてんなよ」


親衛隊長であるこいつが、会長の選抜合宿行きを知らないはずがない。
あわよくば見送ろうとするはずだ。

大方一緒に車に乗り込んでいるところを見て詮索を始めたのだろう。


「あの子って時雨様と仲いーい?」

「別に。部活が同じなだけだろ」


こいつは誰に対しても物怖じしないから厄介だ。
どんなに素っ気なく返そうとケロッとしていて決して顔色を変えない。

今までしつこく絡まれたことは無かったが、錬と関わった生徒が俺ぐらいしかいないためか、かなり食い下がってくる。


主に会長との関係をしつこく尋ねてきたが俺は「知らない」で押し通した。

同じ様な質問にうんざりしていたが、「あの子はノンケなのか」などと聞かれたところで俺はとうとう声を荒げた。


「錬があいつと一緒にいるのはサッカーがあるからだ!
てめぇらみたいな下心なんて持ち合わせてねぇよっ!」


俺が眉をつり上げ怒鳴っても、やはり明石は動じずに、少しだけ眉を下げて笑った。


「そっかあ。ならいいんだけど。
ごめんね藤堂くん、たくさん質問しちゃって」


口元に手をやる繊細な動作にも苛ついて、俺は不機嫌なままその場を離れる。


「今度、このお礼はするからねえ!」


背中に掛かってきた言葉に、俺は思わず振り返った。
明石は笑顔で手を振っている。

俺は早足で明石の元へ戻った。


「お前、錬に妙な真似すんなよ」

「やだなあ、お礼って言うのはあくまでお礼であって妙な真似なんてしないよぉ!」


こいつの面の皮は厚く、言葉の真偽は読みとれない。
だが、続いたセリフに思わず俺は牙をむいた。


「でも、あの子が時雨様とどうにかなっちゃいそうだと思ったら、しっかり先輩に報告しないとね」


明石の胸ぐらを掴み引き寄せても、奴は余裕そうにクスクスと笑っていた。

表情が変わらないというより、こいつは常にあくどい顔をしているのだと、俺はその時ようやく理解した。



「ねぇ、知ってる?藤堂くん」


もったい付けて話す明石に、俺は目だけで続きを促した。



「僕が報告する前に、既に氷柳くんは目をつけられちゃってるよ?」


そう言うと、明石は俺の手を払いのけた。
動揺していた俺はすぐに対応できずそのまま明石を解放してしまう。


「おいっ!どうゆう……」


詰め寄ろうとする途中、明石がグッと近づいてきて俺は思わず口を止めた。
明石は笑いながら、わざわざ背伸びまでして俺の頭に手を伸ばす。


「わからないかなー?
藤堂くん、最近背も伸びてますます魅力的になってるよ?」


言うと明石は俺の元から去っていった。

別れ際に見た明石の顔に嘲笑が混じっていたのは思い過ごしだろうか。
俺は部屋に戻るとズルズルと壁伝いにしゃがみ込む。

こうなる可能性があると、わかってはいたが実際に言われてみるとやはり耐え難いものがあった。




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