Andante
2
「もう絶対一人で出歩かないからもうほんとわかったから許してくれませんか慧君……」
「本当にわかったなら麦茶でも入れてこい」
ケッとでも言いそうなあくどい顔をして慧が吐き捨てる。
その一言に俺は素早く腰を上げた。
慧の説教は辛かった。
最初は何も言わなかったんだ。
ただ目の据わった笑顔で俺を見つめてくる。これは一体どうしたことかとメッセージを込めて。
外に出たことは隠しつつ、(これはもう100%好奇心で弁解できる気がしなかった)言いわけ混じりの説明を聞き終えた後、慧は長々と俺の行動がどんなに愚かかを説いてきた。
その間「ごめんなさい」やら「もうしません」やら横槍をいれてもすべて「は?」で一喝されてしまう。
それでもめげずに慧に理解表明すること実に5回。
ようやく慧は俺の言葉を聞き入れてくれたのだ。
麦茶の入ったグラスを渡すと、慧は一気にそれを飲み干した。
「本当焦ったんだからな、部屋に帰ってみたら誰もいなかったから」
「すいません……」
申し訳なさで俺は慧から顔を背けながらグラスを傾ける。
「なんでわざわざ外にまで出るかなあ」
「っなんで知ってんの!?」
ぎょっとして慧を見上げる。
外に出たことまでは言わなかったはずだけど……。
ひょっとしてあのイケメンと会ったのだろうか。
驚く俺に慧は呆れたようにため息をついた。
「おまえが歩いたとこ、土で足跡ついてたぞ」
「え」
まじですか。
外に出て廊下を見ると、確かにピカピカな廊下に砂がポツポツと付着している。
「……そういえば靴気にしてなかったや」
まずいな、俺校舎内入った疑惑があるんだけど。
知らず知らずのうちに土足で侵入してしまった……。
「……慧」
「ん?」
「ひょっとして外まで探しに来てくれた?」
「な、なんで……」
慧がギクリと言い淀んだ。
これは多分間違いないだろう。
「慧の靴も汚れてる」
確信を持って慧を見上げれば、慧はカアッと頬を染めた。
「…………散々探してもいないから外も見た方がいいかなって思って……。
いや、ありえないと思ったけど念のために……」
照れくさそうに頬をかく慧に思わず飛びついた。
「俺、これからはもっと考えて行動するわ」
炎天下の中、わざわざ外にまで来て隈無く探してくれる友人が2人といるだろうか。
俺は慧の行動に感動し、軽率な行動を改めて心から反省した。
「お、おう、そうしてくれ……」
慧はまだ照れてるのかギクシャクとそう言うと、もういいだろと言わんばかりに背中を数回ポンポンと叩いた。
それを受け大人しく慧の体を解放する。
「いやー、まさか慧が森まで来てくれるとは思ってなかった!」
ほんと迷惑かけたな、と言う俺に慧はは?と顔をひきつらせた。
あれ?どういう反応?
「おい、森ってなんだ森って……
…校舎の周りのあれか!?なんでそんな訳の分からんところに!」
「えっええっ!?」
話が違う、と目を丸くしていると、慧が言葉を続けた。
「俺はサッカーコートとかグラウンドとかを見てまわってたんだよ!
それより森ってどうゆうことだ!?」
慧の言う外に森は含まれていなかったらしい。
……まあそりゃあそうか。
ダラダラ冷や汗を垂らす俺に慧がすごい形相で尋ねてくる。
「説明っ!森に入ったんだろ!?」
慧が思い切り肩を揺さぶってくから、俺はたどたどしく口を開いた。
「べつに、入ったとかそういう訳じゃ……」
「じゃあなんで森の話が出てくるんだよ。
お前、外ってどこまで行ったんだ?」
俺は口を噤んだ。
あの場所の話は誰にもするなと相葉から言われているのだ。
静かな森が好きだから他の生徒に興味をもたせたくないそうだ。
俺はなんとか誤魔化せないかと必死で話を創作した。
「なんか……森付近にサッカーボールがあるのを見つけて取りに行ったんだよ。
それで後からそれを取りにきたサッカーボーイにここまで連れてきてもらった!」
「……へー」
納得してるようなしてないような微妙な声だ。
表情にも信じるべきか疑うべきか葛藤が浮かんでいる。
「まじで帰ってこれてよかったっ
どこになにがあるのか覚えるのむずいよなここ!」
俺は話を替えようと声を張り上げる。
「安心しろ、今みっちり教えてやる」
「…………はい?」
紙とペンを掲げると、慧はお説教のときの悪魔の笑みを浮かべた。
「―――……じゃあここから教員寮への行き方は?」
「……外にでて建物の方に歩く」
「……お前覚える気ないだろ?」
慧の親身な指導は、記憶力、空間把握力、どちらも欠如している俺には少し難し過ぎた。
「慧、悪いけど俺実際に歩いて覚えないと無理かも」
「…………それが普通だ。さすがに少し無茶だったな」
慧が諦めたように言った。
あんまり覚えられた気はしないけど、それでも何となくは頭に入ったんじゃないだろうか。
少なくともここがだだっ広い事はわかったしもうあんなむぼうなぼうけんはしないことは誓える。
「あ」
筆記用具を片づけた慧が俺の顔を見て何かを見つけたように声を発する。
「なに?」
「ちょっと」
慧はクッと俺の顎を持ちしげしげと顔を眺めて言った。
「お前って肌弱いだろ」
「え?」
「日焼けしてる。痛くないのか?」
「全然。つか少ししか外出てないのに焼けたのか、俺」
サッカーの時は日焼け止め塗ってるし、今まで指摘されなかったから気づかなかった。
「焼けやすいんだな。いつかメラニンに殺されるぞお前」
「そんな凶悪な成分だったっけそれ」
「舐めてると熱中症にされっぞ」
それはメラニンじゃなくて太陽光線の犯行じゃないかな。
内心そう思いながらハハハと軽く笑い声を上げると、ゴロリとソファーに体を投げ出した。
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