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Andante
進展


俺の部屋はどこなのか、説明はないままとりあえず鳳さんに着いていく。
エレベーターに乗りこみ、これはチャンスじゃないかと顔を上げる。


「あ、あの!」

「これがおまえのカードキーだ」


人見知りの一大決心はそんな事務的なひと言でかき消された。
手渡されたカードキーは、なんだか大人な感じがしてかっこいい。


「それはここでは金の代わりになる。
なくすなよ」

「はい……」

淡々としゃべる鳳さんは、カードキーを差し出したのを最後に頑なに俺の方を向いてくれない。
どんなに見つめても会わない視線が、菊岡さんの話を裏付けているようだった。


「寮は10時以降外出禁止。
学園の外にでるには許可書が必要になる。
詳しいことは最初に渡した冊子に載っている」


そのタイミングでエレベーターが目的の階に着いた。
鳳さんがボタンを押しながら出ろ、と催促してくれたので、俺はそそくさとエレベーターを降りた。

廊下は広く、ゴミの一つも落ちていなくて綺麗だった。
男子寮なのに男臭さは感じられず、生徒の育ちの良さや徹底した管理体制が窺えるような気がした。


「…………氷柳」


周りをキョロキョロしていると突然名前を呼ばれ、思わず肩を跳ねさせる。
まさか鳳さんから声をかけてくるとは。


「ど、どうしましたか…………!?」


また無意識のうちにため息でもでてたんだろうか。
それはほんとに誤解なんだけどなあ……

顔を上げると、鳳さんと目が合った。
しかしそれは一瞬のことで、あたかもこっちなんて見ていなかったかのようにパッと目をそらせれる。


「悪かったな」

「え……」

「……少しイライラして、お前に当たってしまった」

「あの、全然、気にしてません、俺……」


緊張からか妙に片言になってしまった俺に、鳳さんがフッと小さく笑う。
それでも視線はあわない。
不自然なほどに。
鳳さんはそうして目を逸らしたままで話を進めていった。


「ならいい。
お前は513号室で同室者は藤堂 慧。
夏休みの間も帰宿届けは出ていないが、もし不在だったらドアはカードで開け。
その他わからないことは藤堂に聞けばいい」


淡々と説明する鳳さん。
俺は正直それをまともに聞いちゃいなかった。


「鳳さん」

「なんだ」

「俺も、さっき緊張してて生意気な態度をとってしまいました」


俺の弁解に鳳さんが目を伏せて首を振る。


「いや、お前は何も悪くない。さっきのは俺が悪いだけだから忘れてくれ」

「もう怒ってなくて、仲直りしてくれるなら、俺のことちゃんと見てもらえますか?」

「……悪い、癖なんだ」


鳳さんが俺を見て、スッと視線を反らす。
けれど、誰にだってこうではないだろう。
菊岡さんとはちゃんと、顔を見合わせて話していた。


「喧嘩の時は、見てたのに」


ポツリとこぼす。
鳳さんは俺の嫌味な言葉に反論することなく、ばつの悪い顔をして再び謝った。


「…………悪かった。恐かっただろう」

「……鳳さんの目が怖かったわけじゃないです。突然怒られたのが怖かっただけです」


俯いた鳳さんの目の前に立つ。
逃げられないように、その手を取った。
びくりと一瞬その手が引かれるが、俺は握った手をはなさなかった。
俺はその手に視線を落とし、そうしてゆっくりと上を見上げていく。
やがて、戸惑ったように眉を寄せる鳳さんの視線とぶつかった。


「待って」


スッと目を背けた鳳さんを止める。
鳳さんは戸惑うように視線を動かしたあと、ゆっくり俺に視線を戻した。


「鳳さん、さっきは変な態度とっちゃってすみませんでした」


鳳さんの目を見て言い切ると、クッと頭を下げる。


「……謝るときは目を見てって、決めてるんです。だから、ごめんなさい、強制しちゃって」


謝るときに自然に離した両手を、もうしません、と上げて、俺は告げた。
鳳さんはまだ俺に目を向けてくれている。
まだ彼の表情は読めないけれど、その瞳はどことなく揺れているように感じた。


「でも、俺別に鳳さんのこと怖くないですよ」


そう言って笑いかけると鳳さんの目が丸くなる。
ああ、いまのはわかる。多分、驚かせてしまった。

鳳さんはそのまま食い入るように俺を、俺の目を見つめている。
なんとなくいたたまれなかったけど、反らしちゃいけない気がしてひたすらにこにこしていた。


「怖く……ないのか……?話し掛けても……いい、のか?」

「もちろん。むしろ話しかけてくれたら嬉しいですよ!」

「そうか……」


鳳さんの目が優しく細まった。
それだけで、ふわりと周りの空気が優しくなった。


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あきゅろす。
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