Andante
乱入2
「学、何かした?」
鳳さんと大分距離が離れたところで、菊岡さんが困ったような顔で聞いてきた。
…………まぁあれだけ雰囲気悪かったら気付くか。
「いや、ちょっと揉めただけです」
正直な話、わけもわからず詰め寄られて不満なところはあった。
それでも喚かなかったのは、菊岡さんに子供だと思われたくなかったのと余計な気を使わせたくなかったからだ。
それに、もし鳳さんの機嫌の悪さが俺が案内という仕事を増やしたからだとしたら、決して理不尽な怒りとは言えないだろう。
まあそれを俺に当てられても、とは思ってしまうけど。
苦笑いして返す俺に、菊岡さんがありゃ、と眉を下げた。
「もめちゃったんだ?ちょっとって言う割には元気ないね」
「少し疲れちゃったかもしれないです」
これは本当。
昼寝でもしたい気分だ。
……まぁ今寝ても色々考えちゃって眠れないかもしれないが。
俺の返事を聞いて菊岡さんがごめんね、と、苦笑いする。
「許してやってね?あの人めんどくさいぐらい不器用だからさ」
揉めた原因が鳳さんだと断定したのか、それとも単に俺に気を遣ったのか、労うような菊岡さんの言葉に、俺はやんわりと微笑んだ。
「許すもなにも、俺は怒ってないですし」
うん、俺は怒ってない。ちょっと理不尽だなって、え、なんでこんな対応!?って思っただけだ。
前の学校でも「俺キレさせたら大したもんだ」って豪語する程度には沸点が高い俺が。
寝ているところを無理やり叩き起こされ、全然興味ないゲームに付き合わされたあげく知らない間に罰ゲームまで課せられても笑っていた俺が。
ちょっと当たりが強いくらいで怒らないさ。
全然怒らない。
取りなそうとしてくれる菊岡さんに、俺は内心自己弁護を並び立てた。
さっきのはちょっとムッとしただけで怒ってない。俺穏便だからほんとに。
そんな俺を知ってか知らずか、菊岡さんは一人先を歩く鳳さんの背中に目を向け、その内情を語り出した。
「学、あんななりでしょ?加えて寡黙だし生徒が寄りつかなくてさ。
学もそれを自覚してるから、ますます話しかけづらくなっちゃうみたいで」
「はあ……」
俺と同様人見知りってことかな。
人見知り同士の交流って難しいよね。
気付いたら仲良くなれてる様なパターンなら良いけど、結局話さないまま終わってしまうことのほうが多い気がする。
「なんか、顔を見るのも、怯えた顔されるからって控えてるみたいだよー」
「そ、そこまでですか……!?」
確かに真面目そうでピシッとした雰囲気は出てるけど、赤毛さんのような視線で殺せそうな怖さとかはないと思うんだけど……。
顔が整ってて表情が薄いからかな……。
確かに人間味がないような、話し掛けにくい感じはある気がするけど……。
でも顔を見ただけで怯えるとかは、気にしすぎだとは思うけど……。
「うん。しかもね、理事長に、『君は生徒から懐かれてないみたいだけど大丈夫かい?』って聞かれちゃったみたいで」
「ええ!?そんなにはっきりと!?」
オブラートどころか抜き身の刃だ。
理事長、身内以外には厳しいのかな?
「うん、そういう経緯で理事長も苦手になったんだろうね。
でも、一番はそんなことありませんって答えられなかった事が引っ掛かってるみたいだけど」
ポンポンと出てくる鳳さんエピソードに俺はかなり同情してしまった。
同じ口べたでも、見た目の感じで周りの態度は変わる物だ。
俺は幸いどこにでもいそうな顔だから周りも警戒なく声をかけてくれるけど……。
「とまあ、学も今日は相当頭グルグルしてると思うんだ。いや、転入したての錬君のが大変だとは思うんだけどね……」
「あ、いや……。俺は全然。図太いんで……」
「ちょっと嫌な思いしちゃったかもだけど、学のこと、嫌わないであげて」
八の字に眉を下げ、菊岡さんがそう言った。
俺、ちゃんと鳳さんのこと考えられてなかったな。
無口そうだからって話し掛けないで。不機嫌そうだから遠巻きにして。
俺がなにかありましたか、とか声をかけられてたら、今の話はもしかしたら鳳さん自身から聞けてたかもしれないのに。
「鳳さん、さっきから少し当たりが強くて……」
「……ごめんね」
「いえ。ただ、ひょっとしたら鳳さんに嫌われちゃったのかなって思って……」
「ううん、それはない! ……あのね、さっきの学の顔、後悔って言うか、自己嫌悪してる感じだったよ。だからわかったんだ、学が何かやらかしたなって」
自信たっぷりに言う菊岡さんに、俺は弱々しく笑みを返す。
よかった。それなら、まだ鳳さんとの関係は修繕できそうだ。
俺も人見知りで気の利いたことなんか言えないけど。
でも、笑顔を見てもらえたら、鳳さんを恐れてないと伝えられたら、少しはこの居心地の悪い距離を縮められるんじゃないかな、なんて思った。
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