Andante
三日目5
あがるにはまだ少し早いが、今はただ一刻も早くズボンをはきたかった。
「うぅ……」
俺は泣きたい思いで部室の更衣室に駆け込みサッカーのユニフォームに腕を通していた。
あれはあまりにあんまりだ。
何が悲しくて『あの人女物の下着穿いてるんだー』の視線に絶えなくちゃならないんだ。
失意の中、もちろん下着も元に戻す。
そうしてきっちりユニフォームを整えれば、俺はようやく男としての尊厳を取り戻せたような気がした。
サッカー部をより盛り上げていくために行われるこの試合は、通常より小さめのコートで二試合同時に行われる。
高等部のグラウンドをAとB、中等部のグラウンドをCとDの、計四つのコートにわけ、それぞれABCDに別けられた中高生、計八グループが争うことになるわけだ。
前半15分後半15分を三回戦。
普通にやったんじゃ高等部が有利だが、ちゃんとフェアになるようなルール設定もしてある。
そしてそれがこの試合のおもしろいところだ。
観客から参加者を募るのだ。
高等部は五名以上、中等部は三名以上。
そういうわけでルールは緩く、交代にも制限がないし悪質な行為以外は見逃される。
グダグダになるのではという声もあったがその時はその時だ。
まあ何とかなるだろうと俺は楽観していた。
ちなみに俺は中等部Aだ。
一グループ大体10人ずつ選出されたはずなのに今集まってる部員は8人だけだった。
……みんなサボリすぎだろ、助っ人三人集めてギリギリじゃん。
早めにクラスから抜けたとは言え、もう集合時間も近い。
今いないなら試合開始には間に合わないかも知れない。
というか…………
「……部員以外の参加者は?」
見知った顔触れに向けてそう聞くが誰も声を上げない。
「……お前ら誰か誘ったか?」
中等部Aのチームリーダーを務める茨田が、神妙な顔をして尋ねた。
皆は口を閉じたまま互いに顔を見回す。
「っっうわああと三人ーー!」
「すいませんだれかサッカーやりませんかーっ!!」
企画倒れの気配を察し、俺達は慌てて観客席に向けて呼びかけた。
観客はそれに対しざわつくものの志願の声は聞こえない。
この暑い中駆け回ろうという人は金持ち校には少ないのかもしれない。
そるに、ほとんどの人はこの規模の企画には気が引けてしまうだろう。
このまま参加者が見つからなかったら……。
そんな事態を想像して焦る俺達のもとに、同じ危機を迎えた他チームの声が聞こえた。
悲しいことにそれは中等部Bのメンツであった。
色んな人に呼び掛けたり仲間内に頼み込んでいるようだったが、あえなく撃沈している。
「やっぱり人集まらなそうか?」
「ああ……。他のチームから引き抜ければと思ってたけど、どこも同じ状況みたいだ……」
茨田とBチームのリーダーがそんなことを話し合っている。
どんなに楽しい企画であっても参加者がいないとなると面白みがなくなってしまう。
どうにか参加者を募る手は……。
頭を悩ませた俺は、きっとこの企画に参加したくても出来ないであろう人物に思い当たった。
そいつが参加すれば部員以外の参加者もきっと集まってくるだろう。
けど、多分絶対怒られる。色んな人に。
あとが怖かったけれど、それしか打開策が思いつかなかった。
俺は茨田の肩をちょんちょんとつつく。
「ん?どうした?」
茨田が話を止めて俺を振り向いた。
話を止めたからBチームリーダーも俺に顔を向く。
俺が参加者を募るための案を話すと、茨田は他人事のようにやってしまえと笑い、Bチームリーダーは思い切り渋い顔をした。
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