Andante
後ろ髪
9回目の夏休み当日、俺は車に乗っている。
向かう先は日の出学園。
俺の新しい世界をつくる場所だ。
運転席から話しかけてくる母さんに適当に相づちをうちながら、俺は今までのことを思い返していた。
振り返る記憶すべてに圭吾がいる。
楽しい記憶やムカつく記憶、悲しい記憶、幸せな記憶……
今まで俺の世界を構造していたものたち。
いいことばかりでなくても、どれも愛しく、大切な思い出。
唯一心残りだったのは昨日のことだった。
別れ際に見た圭吾の顔が俺の頭から離れない。
取り乱し、俺を必死に引き留めようとする圭吾。
それを押しのけて部屋を出たとき、最後に振り返ればあいつは酷く冷めきった目をしていた。
圭吾ってあんな冷たい表情出来たんだ、なんて考えていたら、いつの間にか頬に濡れた感覚が走る。
「……錬?どうかしたの?」
返事を返さなくなった俺に、母さんが尋ねてきた。
「……眠いから、寝るわ」
そう言って広いイスに横たわると、拍子にまた涙がこぼれた。
笑ってお別れ、なんて都合よくいくわけないとは思っていたけど、それでも喧嘩別れのまま部屋を出るべきじゃなかった。
今更遅すぎる後悔が俺を襲う。
全部俺の選んだ道なのに、嫌われたまま別れてしまうのが悲しくてしかたがない……
「――……錬、あとちょっとで学校よ!」
母さんの声が聞こえてハッとした。
いつの間にか寝ていたみたいで、ゆらりとだらしなく体を起こす俺を母さんがたしなめる。
「シャキッとしなさいよー、転入初日が一番重要なんだからね?」
何となく腫れぼったく感じる目蓋を擦りながら、ぼんやりとその言葉を受け止める。
ルームミラー越しの母さんに俺はいつもの調子で返事を返した。
「転入ったって夏休みなんだから重要もなにもないって」
夏休み中に入寮したのは俺の希望だった。
もちろん新学期が近づいてからでもよかったし、母さんにはそう勧められた。
友達がいない状態で慣れない寮に閉じこめられる夏休みなんて最悪じゃないかとか、最後にしっかり思い出を作っておきなさいとか。
だけどそれだとますます別れがたくなってしまいそうだったから、俺はあえて夏休みを捨てた。
別に楽しめなくたって構わないし、人がいない方が気負わずに過ごせるとも思った。
そんなわけでそこまで緊張していない俺に、母さんがまったく、とため息をついた。
「理事長先生と会ったときにそんな暗い顔じゃ心配されるわよ。
これあげるから早く機嫌直しなさい」
軽いノリでポイと飴を投げる母さん。
あめ玉一つでムチャ言うな、なんて思いながらも母の気遣いを感じて俺の心はほんのり軽くなる。
今は新しい生活のことを考えよう。
……きっともう、圭吾には会えない。
綺麗な思い出として抱えて生きていこう。
思い出すとき、泣くのではなく、笑えるように。
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