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Andante
いざ!3



「おー、よくきたなー氷柳。
これからヨロな〜」


時雨とは寮で別れ、慧と2人で職務室に行くと、担任と思わしき先生が初対面とは思えない気軽さで話しかけてきた。
てか名乗る前に呼ばれちゃうと挨拶し辛いです。


「先生、こいつが転入生の氷柳……」

「あ〜知ってる知ってる」


ほら、こういう反応だ……。
新学期そうそう殺気立つのがおれじゃなくてよかった……
拳を構えて震える慧を見てそう思う。
わざわざ紹介してくれてありがとう慧。


「……じゃあ、教室で待ってっから」


担任を睨みながら慧がそう声をかけてくる。



「よぉーし氷柳こっちこーい」


呼ばれた先には大量の教科書。
思わずひくりと顔が歪んだ。
慧ー、戻ってきてー……。



「うぅぅ、重い……」


持ちやすいようにとダンボールに入れられたそれをやっとの思いで教室に運ぶ。
気分はまるで引っ越し屋さんだ。


「ちゃんと半分持ってやってるだろ〜?」

「半分になってもこの量ってどうゆうことですか……」

「なんか理事長がお前のために何冊も参考書とか用意してさー。
元の量のほぼ倍だぜ倍」


お前そんながり勉なの、なんて笑われて思わず乾いた笑いが漏れる。

残念ながら俺は勉強が好きじゃない。
素直に言おう。大嫌いだ!

理事長が用意してくれたものは恐らく手を付けることなく片付けられるだろう。
俺は申し訳なさにため息をついた。


「ところで先生、始業式っていつ始まるんですか?」

「ん?もうそろそろ終わるんじゃないか?」


え、と俺は動きを止める。


「お、俺ここにいていいんですか!?」

「他にどこにいくんだよ」


……まあそうなんですが。
でもここだとクラスメイトが来たときに顔が丸わかりだ。


「先に教室入っとくか」

「えええええ!」



俺と先生のズレがわかった。

俺はずっと『今日は転入生がいるんだ、入ってこーい』『はーい』を想像してたけど、先生はそんなの気にしてないんだ。


「……先生、みんなが集まるまで中で待ってるの嫌なんですけど……」


最後の人が教室に来るまで、俺はソワソワと体を動かすことしかできないのだから。


「あー、じゃあ適当にトイレのとこで待っとけ。集まったら呼ぶから」


え……。転校生ってそういうものなの……?
俺は先生の言葉に戸惑いながらも、階段から聞こえ始めた生徒のざわめきに慌ててトイレに駆け込んだ。


「うぉーいトイレまで広いのかよ」


金持ち仕様なそれに思わず感嘆をあげる。


「……ん?」



一番奥の個室が閉まっている。
……変だ。俺は誰かがこの階に上がってくる前にトイレに逃げてきたのだから、中にいる人はずっとここにいたことになる。


「っおい、大丈夫かっ!?」


慌ててドアを叩いた。
大声も出したから気づかなかった筈はないのに、返事はおろか物音すら聞こえてこない。


…………まさか、夏休み中ずっとここにいたとか……?


浮かんできた最悪な可能性にドンドンと戸を叩いていた手を止めその場を離れる。
あるはずないとわかっているのに、一つだけ閉められたドアを見ていると不気味さで冷や汗が垂れてくる。


「氷柳、行くぞ」


フラフラと泣きたい気分で後ずさっていると、先生が俺を呼びにきた。
驚きと恐怖のせいか、頭がうまく回らない。


「先生、俺って転入生?転校生……?」

「落ち着け転入生」


先生は問答無用で俺を引っ張っていく。
うろたえ過ぎて閉じられた個室の事を話すタイミングを見失ってしまった……。
いや、もう、忘れよう……。
多分あれは誰も中に入ってないんだ。
いたずらで鍵は閉まってるけど空室なんだそうに決まってる……。


「ほれ入るぞー」


先生がガラリとB組のドアを開ける。
一人悠々と中に入る先生を追って俺も決死の想いでドアをくぐった。


「今学期から新しいクラスメイトが増えるぞー」


先生がそう言えば、クラスの視線は一斉に俺に向かってくる。

おちつけ……噛むな……



「氷柳錬ですサッカー部ですよろしくお願いしますっ!」



噛まないように、キョドらないように。
気合いを入れた結果、早口で息継ぎなしのシンプルな三秒スピーチになりました!
…………おかしいな、挨拶文考えてたんだけどこんなに早く終わるやつだったっけ……?

パチパチとなり始めた拍手に何とかなったとホッとしたのもつかの間、視界の端にニコニコ笑う慧を捉えた。
それは歓迎の笑顔なのかそれとも嘲笑の笑顔なのかどっちだ……。
羞恥で頭がガンガン痛み始めた気がした。



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