Andante
ハイレベル
「――……だから三角形ABCとCDAは合同になると証明される。
わかったな?」
「…………え?」
結論に持ってくまでが長すぎて途中で置いて行かれていた。
見上げれば時雨は怖い顔でこっちを見ているし、縋る気持ちで慧を見てもふんふん頷きながらノートを確認していてSOSに気がつかない。
一人で時雨のスパルタに付き合わなきゃならないことを察し、俺はごくりと唾を飲み込んだ。
サッカーの練習を終えた後、待っていたのは慧と時雨による地獄の数学講座だった。
……いや、元々はただの勉強会だったんだ。
時雨と慧は宿題をやって、俺は2人の教科書を借りて復習。
でも、慧のクラスは三角形の原理やら合同の証明やら俺の習ってない単元に入っているらしく、どうしようもなくて二人に泣きつき今に至る。
「今度は何がわかない」
「……強いて言うなら一番の謎は記号の順番かな」
「……はあ?」
時雨が冷たく聞き返す。
根本的に頭の回路が違うのか、俺が質問をしても時雨にはなかなかその意味が通じない。
「ABCもACDも同じ形なのに、なんで順番が変わっちゃいけないんだ?」
「対応する辺を変えなければ順番なんて関係ないだろう」
「……?」
時雨がなにやら解説しているが、言ってることがよく理解できない。
「……ABが2、BCが3の平行四辺形ABCDだとするだろう?
ABに対応する辺はどれだ?」
「BA?」
「…………お前……」
時雨が震えている。きっと怒りで。
あんなに集中していた慧も時雨の怒気に当てられ顔を上げ軽く引いている。
「か、会長代わるよ。
錬、何がわからないんだ?」
「止めておけ藤堂、こいつにはまず教科書を熟読させないと駄目だ」
時雨は据わった目でどさっと教科書を机に叩きつけた。
「読め。声に出してだ」
「いやいやいやいや!
ほら、絵で解説したらさすがの錬でもわかるだろっ!?」
隣で音読を始められたらたまらない、と慧がいそいそとノートに何かを書き込みそれをバッと俺の目の前に広げた。
「まず平行四辺形ABCDをACで割る。したら三角形が2つ出来るだろ」
言いながら、慧はノートの図に線を引き足した。
「合同ってのは同じ形ってことだ。で、向きもそろえなきゃ対応にならない。
意味がわかるか?」
ノートに新たな三角形が書き足された。
ABCと同じ大きさの三角形だ。
「これはACDを回転させた奴だ。そうするとABCと向きも揃うだろ?
だからCDAの三角形がABCに合同なんだ」
何となくわかった気がして、ふんふんと頷く俺に、慧が別の三角形を書いた。
「これだと、ABEに対応する三角形は?」
ノートに書かれた図形と対峙している俺を慧がじっと見守る。
一通り考え終わると、俺はビクビクと時雨の様子を伺いながら小さく口を開いた。
「…………CDE?」
「そうそう!」
慧が嬉しそうに声を上げ、時雨はふぅ、と髪をかき上げた。
「じゃあ問2、やってみろ」
見ると、2本の線の間にばってんとアルファベットが書かれている。
『△AOCと△BODの合同を証明しなさい。』
俺はしばらく砂時計のようなその図形を眺めていたが、潔く負けを認めて慧の袖を引っ張った。
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