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■Quietude (May)



花が、特別好きだったという訳じゃない。
目にすれば綺麗だなと思うし、気持ちを表す方法としても、よく
世話にはなる。季節の移ろいを実感と出来るのも悪くはない。
嫌いだということは無論ないが、ただ、そこで終了する感情ではあった。

花なんて、育てたことはない。
似て非なる言葉を心許なく零したのは、そのひと自身が花その
もので出来て居るような、美しい彩を宿した恋人だった。
その、文句とも気後れともつかない言い様に、ニールは小さく
笑って──じゃあ鉢植えにしようか、と提案をした。

何故。
恐らくは否定のつもりでいたのだろうティエリアが、困惑を
ありありと浮かべて此方を見上げるので、ニールは逆に笑みを
深めて明るい色彩の花が咲くらしい小さな鉢植えを手に取った。



二人で花を育てることにした。
花屋の前を通り掛かった、ほんの思い付きだった。
些か強引だったろうかと思ったけれど、ティエリアはそれ以上
拒否する素振りもなく──だがしかしそれが遠慮からだとしたら
流石に本意ではないため、今更ながらの及び腰で真意を問えば。

「貴方が望んだものを僕が不満に思う筈がない」

彼はことり、と首を傾けて言い切ったのだった。

確かに本当に嫌ならば此方を論破ぐらいはするだろう。
迷いのない声音で向けられた言葉に赤面を誘われる。
帰途に着いていて本当によかった、と片手でのぼせる目許を
押さえ、次いで傍らの細い肩を抱き寄せた。

いいように話を進めておきながら、自分も贈ったことはあれど
育てたことはないのだと苦笑混じり正直に明かしてしまうと、
呆れるかと思った稀有な深紅の瞳は大きく数度瞬いて、俄かに
決意に満ちた顔をした。
必ず無事に咲かせてみせる、とまるで某かのミッションに赴く
かのような気概を見せた後、生真面目なティエリアは花の育て
方を仔細なまでに調べ上げ、迎えたひとつの鉢植えを敬遠する
でもなく、それはそれは甲斐甲斐しい程の手入れを始めた。
任せきりにした訳では勿論ない。が、全てを切り捨てかねない
性質を見知っていただけに、小さな花の命を慈しむ姿は自分に
穏やかな安堵と幸福感を齎すもので、一緒に開花を待ち侘び
ながらもニールが見ているのは熱心な横顔の方ばかりだった。



「ニール、」

慌てたような響きに名を呼ばれ、キッチンから顔を出して声の
主を探す。リビングの中を見渡せば、窓際に膝を突いた背中を
見付けた。

「ティエリア?」

淹れたての紅茶を置き去りに呼び返しながら歩み寄れば、零れ
落ちんばかりに見開かれた瞳が仰のいて、再び眼前へと戻される。

燦々と陽光の降り注ぐそこは、鉢植えの定位置だった。

ああ。

「……咲いたなぁ」

陽の色を吸った、黄色いパンジー。
素朴ながらも華やかな花姿に感嘆を籠めて呟くと、ただ黙って
頷いた深紅の瞳があんまりに優しくて、肩を並べて花を見守る
日々の愛しさに、ニールはほんの少し、幸せの涙を滲ませた。






April showers
 bring May flowers..



****************

5月期。

相変わらずナチュラルに戦後同居妄想。
(診断メーカーからお題を拾いました笑)

花の話が続いていますが偶々です春ですね!

黄色いパンジーの花言葉は『つつましい幸せ』。
二人とも幸せになれ。




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あきゅろす。
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