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記念日部屋
刹那の熱

日曜日、晴れやな青空に恵まれた日だったが。
マンションの一室、翼の部屋の玄関では、身長175cmと身長170cmの男女が睨み合っていた。


「邪魔だ。出て行け」

「貴方が出て行けばいい。ここは、私の大事な先輩の部屋」

「俺の女の部屋だから、俺はいていいんだよ。あいつは風邪ひいて寝込んでんだ。他人はとっとと帰れ」

「子供の頃から、翼さんはずっと私と一緒にいた。貴方こそ、他人でしょう」

「はっ、時間の長さじゃねえんだよ、ガキが。大人の付き合いってのを見せつけてやろうか?」

「っ・・・汚らわしい。なんで翼さんが、あんたみたいな男と」




一般人なら逃げ出すほどの殺気を飛ばし睨み合う二人の間には、季節を先取りした吹雪が吹き荒れていた。

狭い玄関先で仁王立ちのまま一歩も譲らないリヴァイの背後から、ペタペタとゆっくりしたスリッパの音が近づく。


「おい、翼。起きてくんな」

ゴホッ、と咳き込む音と同時に、振り向いたリヴァイの背後から顔を出したのはパジャマ姿の翼だった。
窘めるように、ぺしぺしと自分の前に立ちふさがる腕を叩くその手に、リヴァイは渋々ながら道を開ける。

「もう、玄関なんて寒いとこで二人、言い争ってたら放っておけない、でしょ。入って、美笠」


アルミンも。
と、付け足したの声に応えるように、閉まっていた玄関扉が開き、金髪の頭がひょこりと覗いた。


「お邪魔します。・・・表の車、見たから僕は遠慮しようと思ってたんですけど。先輩、どうしてわかったんですか?」


彼は、リヴァイの車が停まっているのに気づいて、訪問を躊躇ったのだろう。
手には、コンビニで買ったのか差し入れのビニール袋を提げていた。

一直線な美笠と対照的な彼の思慮深さに、翼のやや熱っぽく赤みを帯びた顔が、ほころぶ。


「なんとなく、かなあ」





* * * * *



「お前は寝てろ」


リヴァイに引きずられるように、ベットに戻される。
治りかけの風邪とはいえ、身体はだるいのか、あまり抵抗しなかった翼の身体に甲斐甲斐しく布団をしっかりかぶせる。


ベットのすぐ傍のローテーブルに、瞬く間に3名分の茶を用意したのは、流石の手際の良さだった。
リヴァイ自身は、どっかりと翼に手が届く位置、ベット脇に背中をもたせかけて胡座をかいて座る。


「よし、お前ら。一刻も早くその茶を飲んで、すぐ帰れ」


あまりの傍若無人さに、大人しく正座で着席したアルミンは苦笑していた。
美笠はリヴァイの対面にぴしりと美しく正座したが、目が氷点下である。

ちなみに、彼らはまだリヴァイに自己紹介すらしていない、「初対面」であった。



「・・リヴァイさん。折角お見舞いに来てくれたのに、冷たいこと言わないで。
紹介するね。男の子のほうがアルミン。私の研究室の後輩。女の子は美笠。昔、剣道部にいた頃に知り合ってずっと仲良くしてるの」


「翼さんはずっと私の目標だった。居合道部に移っても、私の先輩は永遠に翼さんだけ」

「重い奴だな。ストーカーかよ」

「ストーカーは、貴方の方。先輩も、偶然装って周りをうろつく変質者なんて、警察に届ければ良かったのに」

「えっ、リヴァイさん、私のことストーカーしてたの?」



布団に埋まったまま目を見開く翼に、リヴァイは呆れたように片手をのばして頭を軽く叩いた。

「阿呆が。俺がそんな事、するか。・・・それより、寝てろって何回言わせるんだよ」



「あのっ!アルミン・アルレイトです。よろしく。
美笠、ほら!折角材料買ってきたんだから、先輩に食べやすいもの、作ってあげたら?」

放置すると、美笠とリヴァイの対決姿勢は止まりそうにない。機会を逃さず、アルミンは口を挟んだ。


まだ言いたげな様子を残しながらも、納得したのか美笠は勝手知ったる台所に消えた。
彼女はこの部屋に何度も遊びに来ていて、何も教えなくても何がどこにあるのかわかっている。後はまかせても問題ないとアルミンはほっとした。


「先輩、僕らが思ってたより元気そうで安心しました。風邪は、じきに治りそうなんですね。
今日は押しかけるみたいにお邪魔してしまって申し訳なかったですけど、大事にして早く治してください」


特徴的な持ち方で茶をすするリヴァイの後ろから、翼は顔を覗かせてアルミンに話しかけた。


「うん。心配ないよ。明日には大学に行けそうだし。
・・・それより、美笠なんだけど。『EREN』のあの騒動の後も、なんか続いてて、その事で悩んでそうだけど・・・アルミンは何かきいてる?」

アルミンは、どきりと心臓が鳴るのを感じた。
美笠が席を外している時の質問なのだから、幼馴染みとしての彼に、それとなく美笠の様子を聴きたいという彼女の配慮だろう。


「ええと、その、メールとか電話とか・・・手紙とかで。アプローチは、まだ色々、されてるって聴いてます」

「そう。あの時は美笠、怒ってたものね。突然、見ず知らずの歌手がわけのわからない告白をしてきた、むかつくって」

「はは・・そう、ですね」


幼馴染みとしての心境は、複雑だ。
心中ではあまりその件で、翼に突っ込んだ質問はされたくないと怖れていた。

そして、すぐ近くで話を聴いている男の眼光は、更に怖かった。



「ほう。以前言ってた、大学祭にきた歌手が、女学生に突然告白したってお前が言ってた件か」

「そう。美笠は美人だから、一目惚れされたのかな。
でも、校内新聞で号外まで出てしまって、有名になって・・・美笠も一時、新聞部に追い回されて大変だったし」


大学の剣道部道場まで押しかけてきた学生記者に、「死ね」と真顔で竹刀を突きつけ、
不祥事発生か!と、青くなった部員が総出で美笠を止めたという噂まで翼は耳にしていた。


「告白されたら、普通の年頃の女は多少は嬉しいもんじゃねえのか?一応顔はいいんだろ、エレンとやらは。
若くても、人気の歌手で稼いでるしな。見た目よりお子様なのか、あいつ」


皮肉げに鼻で笑ったリヴァイの鼻先に、突然飛来した布巾が叩きつけられた。
投擲ポーズのまま、片手に鍋を持っているのは、表情を嫌そうに歪めた噂の本人だった。


「顔が良ければ全て許されると思ってる男なんて、怖気が走る。お前も例外じゃない、チビ」

「・・上等だ。てめえ、その鍋置いて、表に出ろ」


胡座を解いてゆらりと立ち上がったリヴァイのズボンの端を、慌ててベットから手を伸ばした翼が掴む。

「す、ストップ!やめてリヴァイさん!・・美笠、でも、リヴァイさん美笠より背が高いしなんでチビなの?」


ごほっごほっ
勢いこんで起き上がりかけたせいか、背中を丸めるように続けて咳き込んだ翼に、
さすがのリヴァイも気がとがめたのか冷たい表情をすっと隠し、掴まれた手を優しくほどくとベットの端に座った。


(先輩・・・突っ込むところは、そこですか。でも確かに)

達観して傍観していたアルミンは、片手を口元に添え考え込んだ。
翼の言葉に虚を突かれたのか、鍋を片手に立ったままの美笠は、目を横に泳がせて黙り込んでいる。



「さっきからぺらぺら喋りすぎだから風邪が抜けねえんだよ。こいつらは本当にもう帰すからな、お前が安静にできねえ」

「ごほっ・・大丈夫。リヴァイさんこそ・・大人気ない事、言って喧嘩腰にならないで」

「・・・わかった。だから安心しろ」


大きな手のひらで労るように頭を撫でながら、目を閉じる翼を見つめる男の目は、とても優しかった。



「私・・・帰ります。翼さん、お大事に」

二人を見ていた美笠は、唐突にテーブルに鍋を置いてそう呟くと、羽織ってきたコートを片手に玄関へと歩いていった。
驚いたアルミンは、「待って、美笠!」と立ち上がる。


「すみません。じゃあ僕もお暇します。見送りはいいですから、先輩、ちゃんと風邪を治してくださいね!リヴァイさん。先輩をよろしく」


慌ただしい後輩達の帰宅に、疑問マークを顔に浮かべながら手を振ることしかできなかった彼女を見下ろす。

「空気読んでやっと、帰りやがったか。ガキどもが」


そう呟いて顔を近づけるリヴァイの気配に、瞼を開けた翼の心臓は大きく跳ねる。
反射的に肩に入った力は、先を読まれたように顎を捕まえられた事で無駄になり、あっけなく口づけられた。



「無抵抗なのに、色気だけいつもよりあるお前を見てるだけってのは、辛いんだ」

「なっ・・なに、考えて・・・」

「恋人なんだから自然だろ。俺も我慢してんだから、早く良くなれ。・・・後で倍にしてヤるから覚悟しろよ」



彼女の目の前にいるのは恋人のはずなのに、かけられた言葉は悪質な借金取りを思わせた。

今日はキスだけで、勘弁してやると。
何度も与えられるそれに、「この人は私の熱を下げる気が本当にあるのか」と、思わず疑ってしまう翼だった。







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あきゅろす。
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