記念日部屋
今日も抱きしめて
「男の人って、何を考えてるのかわからないって思うことが、多いの」
と、後に風見翼は気の置けない後輩に惚気ともつかない愚痴を語ることになる。
その原因たる彼女にできた初めての恋人、リヴァイは確かにその行動原理の大部分が普通なようで普通ではなかった。
「そういえば僕、遠目に見ましたよこの前。翼先輩の、恋人」
「えっ、そうなの?目付き悪いって思わなかった?」
「いえ、格好いい人だなあと思って見てました。強そうな雰囲気でしたね。どんなお仕事をしてる方なんですか?」
「(おっ、目付きの話題は避けたなあ。この世渡り上手め)そういえば・・・リヴァイさんの仕事、私も知らないような」
同じ研究室の後輩と、大学の図書館でばったり会った翼は、何となく恋人の話題で雑談をするうちに
自分がリヴァイの職業を教えてもらったことが無いことに、気づいた。
隠されてるわけではない。
自分=大学生、彼=サラリーマン、というざっくりした分類で、今まで気にしなかっただけなのだが。
彼女の、恋人の身辺への関心は世の女性に比べて極めて薄かった。
良く言えば束縛しない、悪くいえば大ざっぱな人間なのだ。
だが翼の後輩は、大ざっぱな彼女をフォローしようと心を砕く、優しい心根の持ち主だった。
「そのうちさりげなく、聞いてみたらどうですか?男の人の職業や稼ぎって、大人の女性にとってはチェックポイントでしょう」
「な、生々しいね・・・稼ぎって。そういう事、気にしたこと今までは無かったけど」
「気にして下さい。先輩は、ちょっとぼんやりですからね」
そっか、そういう事を気にするのは普通なのか。
翼とっては衝撃的だった。リヴァイの稼ぎを気にする自分、というのが想像できない。
初めて付き合った人、という事もあって、あまり「普通の付き合い」と自分達の付き合いの違いが、
こうして人に指摘されないと、ぴんとこないのだ。
ただ弁解させてもらえば、リヴァイは外食や出先でも、翼に支払いをさせた事は一度もない。
普通のサラリーマンとして十分稼いでいるのだろうなとは思うし、今までそうした方面で不満は無かったから気にしなかっただけなのだと。
「先輩のそういうところ、僕は昔から好きでしたけど。悪い人も世の中にはいますから、気をつけてくださいね」
埃のような独特の空気が漂う中、分厚い辞書を書架へ戻した後輩は、いつになく饒舌だった。
そしていつもは可愛く何でも言うことを聞いてくれる後輩の、微笑んでズバリと切るような断言口調に、翼は逆らうことなくこくこくと頷く。
なんだろう、私の後輩、男前すぎる。と。
静かな図書館内でも、二人の声に気をひかれたのか、ちらちらとこちらを見る視線を感じる。
翼と並ぶ後輩は優しげな面立ちの金髪の美少年で、この国際色豊かな人材が集う大学内でも、人目を集める。
「私の心配は横に置いておくとして、ね。アルミンは、気になる人とかいないの?」
「いませんね。僕はぼんやりな先輩のお守りで、手一杯ですので」
「うわあ・・・さらりと貶められるし。この、見た目詐欺師め」
くだらない事を喋りながら肩を並べて構内へと戻ると、自分達の研究室前の廊下で、寄りかかるように佇む人影を見つけた。
長物を背負った姿で足音に振り返ったのは、黒髪のボブカットが良く似合う少女だった。
「翼さん。・・・待ってた」
「あれ。美笠、部活終わったの?」
嬉しそうに小走りで近寄った後輩を、見上げる。美笠は翼よりかなり背が高いからだ。
いつもは無表情に冷たく見える顔を緩め、ほのかに笑んだ後輩は、こくりと可愛らしく頷いた。
「できれば、一緒に帰ろうと思って」
はにかみながら小さくねだる様子は、竹刀を握らせれば部内でも無双と言われる猛者とは到底思えない可憐さである。
こんな可愛い後輩の申し出を受けないはずはない・・・はず、だったのだが。
ジャジャジャジャーン
「・・・着信、鳴ってますね」
運命、という着信音を指定した某恋人からの電話が、後輩とのほのぼのとした交流を強引に中断させたのだった。
* * * * *
20分後。
夕陽を追いかけるように走るタクシーの車内で、リヴァイは少々機嫌を損ねた恋人の愚痴を聞くことになる。
「それにしても・・・突然すぎます。今度はちゃんと前もって、メールとかして下さいね」
「悪かった。空港に着いたら、俺は知り合いの見送りがあるから車で待ってろ。その後一緒にお前の部屋に帰る。・・・それで、見つかったか?」
「はい、これ。でもそれこそ、リヴァイさんがこういうの欲しがるなんて、珍しいですね。どんなのが欲しいか、指定までするし」
「ちょうど大学にいる時間だから、お前なら持ってるだろうと思ってな。すまなかった」
成田空港に到着すると、リヴァイは一旦下車した。
タクシーに乗ったままの翼をそのままに、誰かを捜すように、ガラス張りのロビーの方を見渡す。
運転手はあらかじめリヴァイに指示されていたのだろう、待機したままだ。
「ちょっと来い、翼」
呼ばれたので、車外へ出る。疑問符がとれないままリヴァイの隣に立つと、ぐいと腰を抱かれた。
次の瞬間、問いかける事もできないまま唇を奪われていた。
背中も大きな手でしっかり支えられているので、爪先立ちになってされるがままに貪られる。
長いようで、短いそれからようやく解放され、公共の場での突然のキスシーンをさらされ、
流石に涙目になって抗議しようとしたが、にやりと悪趣味に笑ったリヴァイは、そのまま翼をタクシーに押し込んだ。
「外周を一周したら、戻ってそのへんで待っててくれ」
それまで見ざる聞かざるを貫いていた運転手によって、車はスムーズに滑り出す。
車内で、まだ動揺から覚めない翼がウインドウガラスの向こうに最後に見たのは、
リヴァイの背後へ駆け寄っていく、どこか見覚えのあるサングラスをした外国人の少年だった。
* * * * *
「酷いっ・・!ひどいですよ、兵長!俺だって、翼さんに、会いたかったです。どうして!」
「あいつは、俺のもんだからな。お前に会わせると減る」
「減りませんよ!」
「きゃんきゃん吠えやがって。昔っから、お前の懐きっぷりは重すぎるんだよ。一目だけ見せてやったろ。感謝しろ」
「貴方と翼さんがいちゃいちゃしてるとこなんか、見たくなかったです!」
「おい、死に急ぐな馬鹿野郎っ!」
ロビーの片隅でジャンに首ロックをされつつも、肩をいからせてリヴァイに食ってかかっていた少年の肩は、
背後から近づいた人物によって宥めるようにぽんと叩かれた。
「まあまあ、エレン。この狭量な男の大人げないところは大目にみてやってくれ。
なんせ、私でさえリヴァイが彼女を見つけてからこの方、会わせてもらったことは一度も無いんだからね」
「おい。・・・エルヴィン」
「おや。本当のことだろう?君は彼女のこととなると、極端に慎重で独占欲の塊になるからな。これくらい言わせてもらうよ」
信じられない、といった様子で黙ったエレンとジャンに、エルヴィン・スミスは肩をすくめて悪戯っぽく笑った。
「『覚えていない』彼女でも一目・・・君達に元気な姿を、見せてやりたかったんだよ。リヴァイは」
やり方は最低だったけどね、と付け加えた男の横で、チッと小さく舌打ちしたリヴァイが、スーツの内に手を入れ白い封筒を取り出す。
いまだ憤懣やるかたないと炯々と眼を光らせるエレンの鼻先に、それを突き出した。
「また日本を離れるお前らに、餞別だ。せいぜい歌いまくって仕事に精出して、また遊びにくるといい」
「なんですか・・・これ」
「お前の大事な探し物は、幸せそうに、笑ってるぞ。
・・・あいつと同じで、全然、覚えてねえけどな」
のぞき込んだジャンが、息を飲む気配。
一枚の写真は、エレンの両の手のひらの中で小さく震える。
緑豊かな校舎を背景にした翼と後輩二人が、四角い枠の中で仲良く寄り添い、笑っていた。
「兵、長っ・・!」
「ガキみてえに泣くな。男だろ。・・・しゃんとしやがれ」
昔のように容赦なく叩かれた背中は、痛いはずなのに無性に、温かく感じられた。
* * * * *
----翼の大学の学園祭に、突然「EREN」がゲストで出演し、そのステージ上で一人の女学生に公開告白をしたのが、1ヶ月後。
エレンはすがすがしい笑顔をひっさげた女学生に右ストレートで殴られ、
彼女の金髪の幼馴染みが慌てて仲裁に入るという、大学史に語り継がれる伝説が生まれたのが、その数分後。
僕たちは 同じ永遠を泳ぎながら
君と巡り会う時を待っていた
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