[携帯モード] [URL送信]

記念日部屋
鳥になれたら



「リヴァイさん、これ、聴いてみます?」

「・・・なんだ」

「『EREN』の新しいアルバムです。有名な日仏ハーフの歌手で・・・聴いたことありませんか?
今、来日中で明日はテレビの歌番組にも出演するそうです。友達が私にもハマれって言ってたので買っちゃいました」


恋人の部屋に我が物顔でデスクを占領し、ノーパソ持参で在宅仕事をしていたリヴァイは、
目前に差し出されたそれをちらりと見やり、片手で引き寄せた。


黒髪の若者と茶髪の若者の二人が、欧風な森を背景にした写真がジャケットになっていた。

リヴァイがかけていた眼鏡を外して、テーブルに置いてCDを手に取ったのをそっと見ながら、
翼は、少し残念に思っていた。

家ではパソコンを触っている時だけ、リヴァイは眼鏡をかけるので、その姿は結構レアなのである。



「お前、こういう歌をよく聴くのか」

「洋楽はあまり。でもエレンは日本語、堪能なんですよ。ギターの人も演奏がとても上手ですし。
私はこの中じゃ・・・3曲目が好きかな。昔、別れてしまった幼馴染みを鳥になって探しにいきたいっていう
歌詞で、なんだかロマンチックなんです」


ふん、と鼻で笑われたところをみると、リヴァイにはあまり賛同されなかったらしい。
確かに、彼にはロマンチックという言葉が似合うとは思えない。


「今、お前失礼なこと考えなかったか?」

「・・いいえーそんなこと、ないですけど?あっ、いけない」


二人のいる部屋まで、いつのまにか香ばしい匂いが漂ってきていた。

オーブンで焼いていた料理のことを思い出した翼は、キッチンへと急ぐ。
折角の昼食が焦げてしまっては台無しだからである。


彼女の姿が消えてからも、リヴァイは歌詞カードを眺めていた。
ケースを開き、パソコンのDVDドライブを開いて、CDをセットする。

しばらくすると、透明感のある男性ボーカルの歌声が、控えめな音量だが部屋に広がっていった。
パソコン上の曲名画面には、3曲目のタイトルが表示されていた。


どこか哀切を含んだ、美しい歌。
それに重なる、食器を並べる楽しげな音は、翼ができたての料理を並べる用意をしているからだ。


再びマウスを握って、メール画面を開く。
仕事関係のものがずらりと並ぶ、その他に、プライベートのメールアドレス宛に受信している1通のメールを開いた。



「あれ・・・忙しいですか?お昼、用意できちゃいましたけど」

「ああ、今いく」


こちらに顔を出した彼女に返事をしながら、打ち終わったメールを送信する。
そして静かにパソコンを閉じた。





* * * * * 




「あっ、やっと返事きたっ!」


嬉しげに跳ねた大声に、傍らでギターケースを担いでいた男は、眉根を寄せた。
楽屋の外ではもう、車の準備もできて自分達を待っているのだ。

大体、一年ぶりの日本ということで、行ってみたいとエレンがごねた日本食レストランに
とっくに予約も入れてあるのだ。
急がなければならないのに、スマートフォンを手にした相方は、そんな事気にもせずに笑っている。


お前それでも芸能人か。のんきすぎる。
だから俺がしっかりしすぎるのか、そうなのかと自問自答する。

かといって、生来の性格が変わるわけでもなく、この腐れ縁がどうにか変わるわけでもない。
『EREN』のギタリスト・ジャンは、早々に諦め、相方を促すことを選んだ。




「お前なあ・・・日本にきて、ぶったるんでるだろ。早く着替えろよ」

「ジャン、兵長が、会えるってさ!あの人仕事忙しいし、無理かなーと思ってたんだけど」


「ああっ?っていうか、兵長呼びやめろよ。はたから聴いたら怪しいだろそれ」

「怒んなよ。もう・・・染みついた癖っていうか、つい口に出るんだから仕方ないだろ」



これ以上、ジャンを苛々させても得はないと思ったのか、手早くエレンも着替えを終えた。

二人で肩を並べ、楽屋を後にする。
人払いをされた廊下は、業界の人間が時々すれ違う以外はほぼ無人で、騒がしいファンに囲まれる心配がなく安心だった。




「・・で。リヴァイさん、何て言ってきたんだ?」

「あ、都合いいのは今度の月曜だって。スケジュール、調整きくかな」


「何とかなんだろ。そのために、余裕もって来てんだし。会う場所はあの人が指定してきたんだろ?手間はかかんねえ」

「ああ。いつもの事だけど、そつがないよな。・・・他の皆にも、一緒に会えるかなあ」


「メールできいてみろよ。後でな。こら、後って言ってんだろ!?」

「うっ、ごめん、つい」



車に乗り込めば、車窓に広がるのは久しぶりに見る、東京の夜景だった。
夜の喧騒の中を縫うように走る車内で、再び手の中の画面を見ていたエレンが、ぽつりと呟いた。



「・・・なあ、ジャン。兵長が俺達のアルバム、聴いてくれたってさ」

「感想は?」


「『鳥になんぞならなくても、今の時代、ジャンボジェットで世界中どこまでも行けるだろ』だって」

「くっ、相変わらずロマンねえなあ、あの人」


「あ、それ送っとく」

「止めろ!削がれるだろ俺がっ!」






変わらないものも
変わってしまったものもあるけれど

この美しい世界の中では 翼をもたない俺達だって自由に-----飛べるんだ






[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!