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薔薇の兵達


壁上の定期巡回から戻ると、同じ班のリコが顔を見るなり焦り顔で駆けてきた。
まだ十代でも、抜きんでた腕前を持ち冷静沈着な彼女にしては、珍しい。


「イアン!今、ツバサが突然ここに顔を出したんだ。やっと調査兵団からこっちに戻ったのかと思ったら
休暇をもらったから来週まで休むそうだ。全く・・・長い間ここを空けてたという自覚が無いんじゃないのか!?あれは」


腰に両手をあて、憤然と一気に話したリコは私に同意を求めるが、曖昧な笑みで応えるしかなかった。

敵意という程じゃないが、どうもリコはツバサを強く意識しすぎる傾向がある。
ツバサの方は一期下のリコを可愛く思うのか、よく話しかけるのだが、そのたび何かと反発しているのだから。


「そうか。来週からまた賑やかになるな。休みは仕方ないだろう?ツバサも人間なのだから休息も必要だ。
・・それより、リコ。何か用事があって俺を捜していたんじゃないのか?」

「あっ・・ああ、そうだ。これを預かった。急ぎの用事だから、今日中にあなたに渡してくれと言っていた」


差し出されたのは、上等な赤線の入った封筒だ。
それに挟まれた、走り書きのメモを読んで思わず噴き出した。


「パーティーか。ピクシス司令に引っ張り出されて、また困ってるようだな、あいつは」

「何?・・・じゃあ」

「ツバサは公式の場に出る時の決まった相方が、まだいないからな。
いつも、困った時は同期の俺に付き合ってくれと頼んでくる。明日とは急な話だが・・特に用事は無いから大丈夫だろう」


よほど時間が無かったのか、見覚えのある字が斜めになって「ごめん、また頼みます!」などと書いてあるソレに笑いをこらえていると、
リコが片手で眼鏡の中心を押さえるようにして、じっとこちらを見上げている事に気づいた。


「・・どうした?何か、言いたげだが」

「前から思っていたが。それが嫌だとか、あいつに不満は無いのか?イアン」


「それ、とは何の事だ?俺は別にパーティー嫌いじゃない。ツバサに付き合わされるのは毎度の事だから、慣れてるしな。
若い兵では食えるはずもない豪華な食事ができる場所と思えば、窮屈な礼服だって」

「そうじゃない!あれが恋人も婚約者も作らず、困った時だけ都合よく頼ってくる事だ!」


本部内を行き交う他の者には気づかれないよう声を潜めても、その口調は激しかった。


「ツバサは俺の、同期の中でも親しくしている友人だ。困った時はいつでも頼れと彼女に言ったのも、俺だ。何も問題は無い」


そうだ。
俺は、ツバサの同期で、友人で・・ずっと、そう在ろうと自分で決めた事だ。


「友に頼ってもらえるのは、嬉しいことだろう?」

「らしい答えだね、イアン。でも私はあなた達を見てると、いつも苛々する。・・・人ごとだと思っても、な」


リコは怒ったように紅潮した顔のまま言い切ると、背を向けて去っていった。






------薔薇の兵達-------





数ヶ月ぶりにトロスト区近郊へ戻ったから、ついでに南部駐屯兵団に顔を出してみた。

キース団長が認可した休暇届けの受理はもうされていたから、今は休暇中だけれど
早めに確かめておきたい事があったから。

急ぎの言伝だけ、偶然入り口でばったり会った後輩のリコに頼んだのだけれど、無事イアンに渡せただろうか。
リコはイアンと同じ班で親しいから、まず大丈夫だろうけど。


本部内でも事務仕事を扱っている窓口へ、まず顔を出してみる。
挨拶の声をかけると、書類を整えていた2期上の先輩が、ぱっと笑顔で顔を上げた。

そして慎重に、遠回しに、探りを入れた結果-----


「まあ、それってアリアが言ってた件かしら。何でも金髪長身の分隊長さんに口説かれたって。
ふふふっ。聞いてみれば手を握られて、微笑まれてお願いされただけなのにねえ。舞い上がってたわよ〜」


嗚呼、駐屯兵団事務局、ゆるすぎ。
それにしても三十路手前女を笑顔一発で落とすとは・・・エルヴィンさんたら恐ろしい。スナイパーか。


私の家の住所やらの情報を、美形オーラにときめいて外部に漏らしたアリアさんを、責めるつもりはない。
確かに、あの人のキラキラ王子様系スマイルは、美形に免疫ない人にはインフルエンザウイルス並に効いてしまうだろう。


リヴァイも端正で整った顔だちだけど、全くベクトルの違う美丈夫だ、あの人は。年をとるごとに輝く系の。
私も幼馴染みで耐性がついてなかったら、うっかりときめいていた可能性は否定できない。


・・いやいや、私は今後もときめく予定は無いけど。
なんだか、エルヴィンさんと話してると、高確率で何故かリヴァイがいつも割って入ってくるし。

「あいつと、何を話してたんだ」
と、やきもち妬きの彼女のように、私に根掘り葉掘り聞いてくる。

結構年は離れている男同士の彼等の友情が、一体どっち方向のモノなのか、そちらの方が気になってしまう位だ。





(次は、工兵部に顔を出してみよう)

事務局から漏れただけにしては、私の事をエルヴィンさんは知りすぎていた気がする。
彼の兵士としての使命感は信頼できるけれど、自分が知らない内に情報を握られるというのは、
あくまで「普通」に兵士をやっていたい私には、都合が悪いのだ。


漏れた情報源は、一応突き止めておかないと。

・・・となると、日頃お世話になってる工兵部の仲間、先輩方を怪しまざるを得ないのが悲しい。



けれど、工兵部の人達は元の世界で言えば、いわゆる理系馬鹿が多い。

工具や部品、油臭い作業場が三度の飯より好きという、いわば理系オタク+技術屋集団だから、
さすがに事務局のお姉さんみたいに、色気で落とされるという事は---------



「えー・・ここ数ヶ月で、調査兵団の奴らと何か関わったかって?
おう!そういえば、若手の合同飲み会っての、やったぜ!お前も参加できなくて、悪かったなあ。出向中だったしな」


3ヶ月ぶりに顔を見た先輩(ヒゲ面、彼女いない歴=年齢)は、スパナを器用にくるくる回しながら、
分解中だった立体機動装置を放り出した。

ちょ、やにわに両手を乙女みたいに組んで、くねくねしないで下さい。
真っ昼間っから、アルコール無しで酔ってる!?


「可愛い子いっぱい来たんだぜ〜!調査兵団なんて、自殺志願野郎ばっかだって思ってたんだが、そんな事なかった!
お前の同期っていうゾエさんが、企画したんだってよ」


(貴女もか・・・ハンジ!)

頭を抱えた。まさかの同期の策だった。

いや、彼女の事だからまるで悪気なくて企画した可能性は大だ。むしろエルヴィンあたりが後ろで糸ひいてたんじゃないかと、理由をつけてみたい。
そうでも思わないと、次にハンジに会った時、エルボーでも一発かましてしまいそうだ。


「またやってくれないかあ。ツバサからも頼んでくれよ。
2次会、3次会まで盛り上がって、彼女できた奴もちらほらいるんだぜ。俺も、恋人欲しいぜ〜」

「いつも、作業場がオレの家、スチールこそ我が恋人って言ってる人が、何言ってんですか・・・先輩」


「阿呆か!方便だよ、スチールなんて切れるし冷てえだろ。小柄で上目遣いで笑ってくれる、若くてこう、巨乳の子がいいに決まってるだろ?」

「その手つき、卑猥なんで止めてください」


ふだんはふざけてるのに、いきなり真顔になって身振り交えて力説する先輩に、軽い目眩を覚える。
確かに駐屯兵団は結構平均年齢が高めだけど、若い子に飢えすぎでしょう、先輩・・・

これで情報漏洩源はわかった。
工兵部の砦(弱点:可愛い女の子)は既に、陥落してたという事だ。


「あ、彼女らにお前の事も聞かれたから、俺やみんなが色々アピールしておいてやったぞ、感謝しろ!3サイズも教えておいた」

「忘れられるのもどうかと思うんですが、私、女ですから。・・・で、なぜ先輩がそんな事知ってるのか、そこの所吐いて頂きましょうか」





昨夜泊まった館でドットに聞いた話だと、調査兵団は壁外調査の実施とかで色々、貴族院ともめているらしい。

それだけ聞くと、100年近い平和を謳歌して腑抜けている壁内の人々の平和指向の意識もあって、
調査兵団の先進的な政策を受けいれてもらうのはなかなか困難に思える。


でも、物凄く頭の切れる上に手段を選ばない分隊長はいるわ、若手は実行力抜群だわ、私としてはあの調査兵団という組織の未来は、
あまり心配いらない気もしてくる。

最近は、リヴァイという頼もしい力業(?)担当が参加したのも大きい。
壁外調査の必然ともいえる巨人との戦闘において、彼という戦力がいるのといないのでは、雲泥の差が出るに違いない。


実際、駐屯兵団本部をてくてく歩いているだけでも、先日あった壁外調査で「凄い戦歴を叩き出した新人」の噂がそこここで耳に入る。
自分の事みたいに誇らしかったけど、身内びいきとか、昔馴染み贔屓という訳じゃない。



(でも、嬉しいのは仕方ないよね。空海が帰ってこないから無事は知ってたけど。初陣でリヴァイが活躍できて・・・本当に良かった)



調査兵団から、古巣に帰ってくると、やはり空気の違いは明らかに感じる。

死に急ぎとか税金泥棒とか悪く言われがちな調査兵団だけど、やはり規律の厳守や高い練度がこことは全く違った。

まだ変人といわれても有能なドットが指揮するだけあって、トロスト区を中心とする南部駐屯兵団はまともに機能している方だけど、
辺境へ行くほど、内地に行くほどここと他の駐屯兵団の気の緩みの差は広がるだろう。


もし、この油断に何か危機的状況が重なれば、取り返しの付かない事態になりかねないと。
「普通」になりきれない私が、どこか漠然とした不安にかられる程に。




* * * * * * *




次の日の夜。
私はドットの命令で、慣れないドレスを着てトロスト区商工会長主催のダンスパーティーへ出席した。

ドットは南部駐屯兵団司令になって日が浅く、とても忙しい。
今回のパーティーも、遅れてくるそうだ。エスコートする者と一緒に先に会場へ行き、挨拶回りをしていてくれ、と頼まれた。


私は立場上、ドットの遠縁の娘という事になっている。
8年前、訓練兵団に入る時に彼が用意してくれた戸籍で、そうした体裁をとったらしい。

ただ、養子としてちゃんと「ピクシス」の家に籍を入れろと再三、せっつかれてはいるけれど、まだ頷けていない。
形だけの戸籍ではなく、いざとなれば誰とでも堂々と結婚して家庭も作れるように、というドットの好意は嬉しいけれど。



夜の帳が落ちた頃、街の中央のホールを貸り切った豪華なダンスパーティーがはじまった。

内地と辺境の中間に位置するトロスト区は、交通の要所として工業、商業ともに盛んだ。
自然とそれに関係する商会、農地や工場を所有する貴族の繋がりも多くなる。


「足下は大丈夫か?転ぶなよ、ツバサ」

大勢の来客に混じって、会場へ入る私の腕をとりエスコートしてくれている今夜のパートナーは、私の同期生のイアンだ。
人混みを、私達は知り合いと会うたびに挨拶を交わしながら、歩いていく。


会場も広いため、盛況なパーティーでは特に女性はハイヒールで歩くのは骨が折れる。
それでもドレスアップした姿では、その危なげな足下でもダンスを踊り、大勢と微笑みながら会話を楽しむのが義務だし。


「これでも、踵が低い靴を選んだから心配しないで?イアン。
それに、パーティーくらいで転んでたら、『お義父様(おとうさま)』に『そんな事で兵士が勤まるか!』って怒られそう」



ちなみに「お義父様」はドットの事です。・・・まだ養子じゃないんだけどなあ。
人前で司令殿を義娘といえど呼び捨てはまずいし、そう呼べと嬉々としてお願いされたら頷くしか無い。


それにしても、ロングドレスとは毎度の事ながら歩きにくい。

濃い緑色のサテンのような艶の生地に淡雪の純白に透き通る紗を幾枚も重ね、品良くウエストを絞ったデザインのドレスはとても綺麗だ。
歩く動作のたびに、裾がサラサラと優しい衣擦れの音を立てる。

いつもは無造作に結んでる頭を、貴族の娘のように結い上げてキラキラした髪飾りを付けた状態も、何だか落ち着かない。


元の世界で地中海を臨むディーノの豪邸にお世話になった時、ダンスの基本からテーブルマナーまで淑女教育というのを半強制的にさせられた。
それが幸いして、こうした場でも何とか体裁は保てるけど、子供時代を男として育てられた私は、どこか女装してるような気分が抜けないのが困った所だ。


(こういう時、普通の女の子だったら、綺麗なドレスもダンスも、すごく楽しめるだろうに・・・)


私の私的な事情を置いておいても、南部駐屯兵団司令の身内としてパーティーに出席した以上、これは仕事だ。
未婚で、決まった恋人もいない私は、こうした場のパートナーに困るといつもイアンに頼ってしまうのだけれど、本当に申し訳なく思っている。


「いつも、ごめんね。こういう時、イアンに面倒みてもらっちゃって・・・」

「気持ち悪いな、急に。いつもの事だろう」


(酷っ・・同期だからって、容赦ない!)・・とは心の中の叫びだ。


イアンとは訓練兵時代から仲良くしてきた数少ない男友達だ。真面目で有能だけれど、穏やかな人柄の彼にはいつも助けられてきた。
だからこそ、こんな事も頼めるのだけれど、彼だってこうしたパーティーなら、本当は好きな女性と来たいに決まっている。


「目につく人との挨拶がひととおり終わったら、私、隅っこの椅子で休むから。イアンも楽にしてね」


贅を尽くした料理と酒を人々は楽しみ、管弦楽団は都で流行しているという軽快なワルツを奏でているが、まだパーティーは中盤にさしかかったばかりだ。
踊っている者が半数、私達のように本来の目的で、顔つなぎという意味での挨拶に精を出している者がかなり多い。

ドットは、じきに到着するだろう。
そうしたら私達は選手交代、お偉方に挨拶するメインの仕事は、彼に任せてダンスや音楽を楽しんでから、頃合いを見計らって帰ることもできる。


駐屯兵団の礼服を身につけ、私の隣に立っていたイアンは、何故かため息をついて肩をすくめた。
そんな無造作な仕草も、長身の上、兵団できっちり礼式を叩き込まれた彼がやると絵になるのだから得だ。


「・・・ツバサもそろそろ覚悟を決めて、ダンスを披露するなりして社交界に出ればいいだろう。
貴族や商会の若い男も多く来ている、格好の出会いの場だ。ピクシス司令も、そのおつもりなんじゃないか?」


傍のウエイターの盆からもらった軽いアルコールのグラスを口に運んでいた私は、危うくそれを溢しそうになった。
あっぶなっ・・!高価なドレスが汚れるところだった。
平兵士の給料じゃ、こんな高級品、到底買えないものなのに。



「ちょっと待って。・・・イアンまで、何言い出すの。私、一応これでも兵士だから。これは仕事だし」

「さて。仕事なら、こうたびたび引っ張りだされるのもおかしい。そちらは名目だと、俺は思うが。
それはそうと、ツバサ。あちらにいるのは、ひょっとして、調査兵団の団長殿じゃないか。挨拶にいくか?」



イアンが、視線で知らせる方を向くと、確かにキースおじ様・・もとい調査兵団団長の姿があった。
数人の貴族らしいグループの影になっていて私からは見えない位置だった。長身のイアンだからこそ、気づけたんだろう。


「本当だ。先日までとてもお世話になってたの。ご挨拶してこないと・・・イアン、お願いします」

「そうだな。行こうか」


快く頷いてくれたイアンは、私の手を自然な動作で自分の腕に導いてエスコートすると、先導してくれた。
すぐそばまで来てから、「キース団長」とそっと声をかけると、驚いたように団長は振りむいた。


(あ、驚かせちゃったかな)

恥ずかしいような気持ちが、今さら湧いてきてしまった。
いつもみたいに笑顔でいるはずだけど、引きつっていないといいなと思う。

確かに、数ヶ月の調査兵団での出向でも、こうしたドレス姿を見せる機会など無かったから、団長にこんな姿を見せるのはドットの館で初めて紹介された時以来だ。
軽くお化粧もして、貴族の娘紛いの衣装を着て飾っている私を見て、すぐに反応できなくても無理もない。


「ツバサです。団長には先日、私の無理な休暇のお願いまできいて頂きまして、本当にありがとうございました。今日・・は」


丁寧に述べていたはずの挨拶は、不自然に喉の途中で止まってしまった。

キース団長の影から、一歩前にでてきた人がいたから。
私と同じくらいの背丈の、兵士の礼服を着た、いつもの仏頂面をひっさげたリヴァイと、目が------合って。



「ツバサよ。・・・お前、俺から逃げた落とし前をつける覚悟は、もちろんできているだろうな?」




-----GAME OVER

一瞬で間合いを詰めて目の前に立ったリヴァイに、逃げる間もなく手首をがっつり握られた時、そんなテロップが私の脳内を流れた。






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