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Whisper low(下)


前から薄々知ってたというか、リヴァイの背がどんどん伸びてきた頃から結構露骨にわかってしまったことですが。
リヴァイはもてるんです。・・・女性に。(時々、男にももててるのを目撃したこともあるけど)


最近、私が娼館の仕事に行く時、リヴァイが帰宅時間をあらかじめ聞き出して、迎えにきてくれる。
そして、ほぼ例外なく娼館の「お姉様がた」に、絡まれて遊ばれてしまうのだ。


華やかな衣装の女性にわらわらと四方八方から囲まれて、まさに両手に花いっぱい状態だけど、
リヴァイはこの上ない顰めっ面をひっさげてるので、コントの一場面に近い。

きゃっきゃと話しかけられ、触られて。いや、コントというよりラブコメのワンシーンかな・・・
男の子は、ハーレムって好きらしいし。


(あ、また触られてる。もう、無理して中までこなくてもいいのに・・・)


リヴァイは潔癖症の気があるから、人に触られるのは苦手だ。
香水だとか、お化粧とかを移されないか、嫌そうにしてるのが遠目にもわかった。

(でも・・・なんでそんなに嫌なのに、無理して来てくれるんだろう?)



「あの子最近、ずっとお迎えにくるじゃないか。坊やも随分大きくなったし、ついに同棲、はじめたのかい?」

帰宅前の最後の報告を私から受けていた女将に、くすりと笑われた。

「ち、違いますっ!何だか最近、物騒だからって言い出して。急に心配性になった、みたいで・・・」


「ほーう。まあうちの子達にとっちゃ、いい遊び道具だあね。
随分男くさいいい顔になってきたし、身体もできてきたから、金をもらわなくても抱かれたいってコもでてきそうだねえ」

「だ、抱かれ・・・」

「初心だねツバサ。あんたがぼやぼやしてるから、あの子は早く大人になろうってしてるんだろうさ」

「でも、私よりまだ・・・ちょっと、背とか低いんですよ!」

「チビでも強くていい男だったらもてるに決まってるだろ。あの年頃になったら、女とそっちの興味を持つなんて当たり前なんだからね?ツバサ」



2階の渡り廊下から、下で囲まれているリヴァイを見下ろしてた私は、女将の発言に呆然自失。


(いやいや、リヴァイはまだ大人・・じゃないはず、で、でも確かに周りの同じ年の男の人ってもうかなり大人って感じかも特に、兵士の人とか・・・)

世界の差か、はたまた人種の差か、子供でも兵役に出してしまう生活文化の差?



明らかに私をからかって面白がっている女将と私の会話に、顔見知りの女性が「いいですか?」と遠慮がちに声をかけてきた。


「ツバサさん。私、今日付けでここを辞めることになって・・・ご挨拶にと思って」

「えっ、そうなんですか!?農園の方に?お子さんは?」

はにかみながら、幼い子のいるその女性は、子供は人に預けられ一足先に現地で待っているのだと告げた。



実は、私の副業は数ヶ月前に転機を迎えていた。
地味に一人でこつこつ行っていた「もやし栽培」が、ドットさんに提案したところ、商家の投資を受けることに成功したのだ。


今では貧しい人向けの農園として、娼館で働けなくなった人や、引退した人やその家族を受け入れてもらっている。
畑を耕す必要はないため、女子供のような弱い者でも十分労働力になる。

技術を無償で提供する代わりに、慈善事業の側面をもつ仕事場を作ることができたのだ。


ドットさんの広い人脈と、これから壁内で増えるだろう人口を養うために、より多様な食料生産の場が必要と考えた先見の明のおかげで、実現したものだった。



ただ、出会ってもう4年もたつけど、いまだにあの人は私を懐に取り込むことを諦めてない。
この頃は、駐屯兵団の工兵部とかいう所に入らないかと、やかましい。

好意はありがたいけど、ちょっと辟易してる所だ。
女性が去ってから、そうこぼすと、女将はいつもはやり手の顔をほころばせて優しい色を瞳に滲ませた。



「あの隊長さんも、色々考えてるんさね。部下思いって話しだからね。将来を見越して、援助したいんだろうさ。
・・・そういえば、あの人の部下のインテリなひょろ高い男と、豪快なロマンチストは、駐屯兵団を辞めたそうじゃないか」

「ええ。先日、私のところにも顔を見せにきて下さったんですよ。それぞれ憲兵団と・・・調査兵団に行くって」


「インテリはとにかく、調査兵団に行くって方は心配だねえ」

「そうです、ね。でも・・・やりたい事があるって、信念を持って行くって言ってました。もう、あまり会えないでしょうけど・・影ながら応援します、二人のこと」



脳裏によぎるのは、ドットさんの縁で知り合った3人の兵士のうち2人の顔だった。
彼らは私も特に親しくしていた、友人で。それに私に、特別な感情を贈ってくれた人達だった。



「どうせ、求婚されて振ったんだろ?・・やれやれ、たった数年で哀れな男共が死屍累々じゃないか。いつか罰が当たるよ、ツバサ」

「お、かみさん・・・どーしてそんな事まで・・・知ってるんですか」

「自分の胸に手え当てて考えてごらん。まあ私の息子を1年前に振ったんだ、どんな男を選ぶのか、これからもきき耳たてて監視させてもらうよ?覚悟しときな」

「そんなっ!イリヤは明日、私なんか目じゃないくらい綺麗なお嫁さんもらうじゃないですか!時効ですよ!」


プライバシー筒抜けな状況に、頭に血が昇ってた私は、女性の輪から抜け出したリヴァイが館に入ってきていたことに気づかなかった。




* * * * * *



女達の、脂粉の臭いが嫌いだ。
まだここの娼館の女達は、これでもましな方だが。

俺がくると、面白がってかまってくるが、大部分はからかっているだけだ。
ツバサはその中性的な雰囲気と親切さ、よく娼館では男装して用心棒を務めているせいか・・・多分全部だろう、ここの女達にやけに人気がある。
女達は、俺をツバサの弟か親類かと勘違いしてるふしもあり、親切心半分、悪戯半分で余計な知識を大人ぶって教えようとしかけてくる。

要するに、悪気はほぼ無く、ツバサと自分は二人まとめてからかわれているのだ。この娼館の関係者に。
それは面白い事ではないが、自分が揉め事を起こしてはツバサの仕事に支障が出るに決まってるので我慢はできた。


2階にいるツバサが、俺に気づき手を小さく振る。
女将やほかの俺が知らない年長の女と話していたらしい、変わりない様子に安堵する。

ようやく女共を振り切り足早に館に入ると、そこには見知った男が立っていた。



「よう、久しぶりだな」

見上げる長身の逞しい男は、この娼館の女将の息子だ。
用心棒仲間としては、おそらくツバサと一番親しく、一時は目障りで仕方なかった。・・そう、以前は。


ああ、と気のない返事だけ返して通り過ぎようとしたが、さりげなく道を塞がれた。



「まあ、ちょっと待てよ。お前も明日の夜は来てくれるんだろ?」


こいつは、明日ツバサじゃない女と、結婚するらしい。
あいつを通して、俺にも披露目の宴会を薔薇亭でやるからと知らせをよこしたから、その事はとうに知っていた。

黙って頷くと、いつもは寡黙で表情をあまり変えない男が、破顔した。



「ありがとう。歓迎するぜ、リヴァイ。お前も早く、ツバサをものにしろよ・・・って、ああ、まだお前ガキだったか」

「花婿のくせに初夜前に殺られてえのか、イリヤ」



地下街では、『結婚』なんて大層なもの自体が珍しい。
夫婦になるとしても、届けだけ出すのが庶民の「普通」だ。戸籍のない俺達はそれすら必要ない。
男女の関係は形にならず、同棲やらせいぜい愛人との同居、だ。

いくら地下街でも屈指の娼館の跡継ぎで仲間内のみとはいえ、こうして祝いの席を設けるというのは意外だった。


そう、思ったことの一部を俺が思わず口にしたのはただの気まぐれだったが。
20過ぎた落ち着きを感じさせる声で、男は答えた。


「ツバサが、俺に『幸せになって欲しい』って言ったんだ」

「・・・」

「あれが、あいつの『普通』なんだと、その時思った。誰も、いないはずだったのにな。・・・この街で、他人に幸せになれ、なんて普通に言える奴は」

「振られた女に、そう言われて嬉しいもんなのか」

「嬉しような複雑なような・・感じだ。だが、俺が身を固めるって話をしたら、ツバサの奴、本当に手放しで喜んで、お袋と笑い合って・・・
ああ、俺は振られたけど、こいつに惚れて良かった。後悔なんて、ちっともないと思った」



ツバサに次ぐ腕利きとしてこの界隈で名を響かせた者にはおよそふさわしくない、それは穏やな笑みだった。


「だから、お前はツバサを大事にしろよ。心から自分の幸せを願ってくれる女なんて、身内以外で巡りあうなんて稀もいいとこだからな」

「・・・そんなの、あんたに言われるまでもねえ」

「そうだな。だから、最近ずっと、あいつから目を離さず、警戒してんだろ?」




そっけなく返しても、男は堪えた風でもなく軽く流す。目が合うと真剣な色がそこにあった。


「リヴァイ。お前の耳にも入ったのか。俺達の間でも、最近見かけない不審な奴らがこの辺を嗅ぎ回ってると皆、口をそろえる。
確かに、ツバサは東洋人の血が入ってるから以前から、しつこく手にいれようと寄ってくる奴はいたが」

「今回は、貴族だな」

「ああ。ただ薔薇亭の方にも出入りしてる最近の奴の中じゃ、怪しく思えるのは、今のところ坊ちゃん風の荒事なぞ無関係な野郎だけだ。
今までも金はちらつかせてきたりしてたが、力尽くという危険は無いように思えて正直、確証はまだない」


「俺の方も、仲間に少し貴族周りは探らせてる。どうせ仕事のついでだしな」


ツバサと意見がぶつかってから、俺は窃盗団のリーダーを続けることに迷いができた。
だから、まとめ役は引き受けても、今では仕事を実行するのは手下に任せていた。

すぐにまっとうな仕事なんぞ見つかるはずもない、俺の精一杯だが、まだツバサには何も言えていない。
・・・焦る必要はないが、いずれ胸を張ってあいつを捕まえるだけの物を自分の力で手に入れ、贈りたい。その一心だ。


「まあツバサも腕利きだしな、その上、お前が傍についてれば安心だ」

「明日嫁をとるお前は、もう用無しだから安心しろ」


堅い肩口に一発挨拶代わりに当てた拳は、幸せに笑み崩れた男に受け止められた。






「ねえ、リヴァイ。このリボンはどうかな?」

「俺にそういうのがわかるわけねえだろ。・・ったく」

一緒に帰る道すがら、市場に寄りたいと言い出したツバサは、明日の花嫁にあげるのだという髪飾りにつけるものを一生懸命物色している。
あれはどうか、これはと迷っているこいつを見てると、本当にこんな平和な脳みその奴に、なんで俺が振り回されるのかわからない。


いや、もう・・・わかってはいる。


何も持たない、自分の力で本当に手にいれた物なんて何もない俺が
以前、ツバサに初めて贈った花は、一晩で枯れていた。


それを知って罰の悪い思いをした俺に、ツバサは「本当に、綺麗だったよ」と嬉しそうに笑った。

------明日枯れる事ではなく、今が大事だから、綺麗なのだと。



楽しそうに隣を歩くツバサと、さりげなく手を繋ぐ。
気取られないようにそっと、指をなぞってその細さを確かめる。何度も。

もうすぐ、きっと、俺はこいつを捕まえる。
絶対、俺の気持ちを形にして、受け取らせてやる。

たわいもない口約束だが、一度したものは破らせるつもりはない。





暗いばかりのこの街で、俺が見つけた唯一の価値あるものは
ツバサだけだった。





* * * * * *




次の日の夜は、娼館に隣接した薔薇亭は、貸し切りだった。
いつもより多くの灯りをともしたせいか、その周辺は、いつもとは違った賑わいで浮き立っている。

ツバサは夕刻から、料理や準備で張り切って参加するために出かけて既に先に行っていた。

・・・男装だが。


「何だ、てめえやる気あるのか。結婚の祝いの席だぞ」

「やる気あるに決まってるじゃない!花嫁を引き立てるのは当然として、色々お世話して裏方でも働かないといけないし今日はすっごく忙しいよ」


念のため行きも送って同行した俺が、髪はくくっても長いが、小綺麗な格好をした凛々しい男のようなツバサを見て、半眼になってしまったのは否定できない。
こいつに華やかな祝いの場だから、いつもより女らしい格好を密かに期待していた俺が馬鹿だったのだ。




俺は自分の用が済んでから、宴が始まる頃を見計らって到着した。
顔のわかる用心棒やら花婿やらは、既に会場に集まっているのだろう。

思いの外静かな廊下を、顔をよく知らない使用人とすれ違うくらいで、あらかじめ教わっていた奥の間を目指す。


ふいに傍の扉が開いた。
一人の年かさの女が、大きな花束を抱えて俺の脇をすり抜けていく。
そのすぐ後ろを一人、やはり細長い花束だろう包みを持ったやや長身の身綺麗な女が付いていく。

宴席に添える花を持って行くのだろう。
地下街で花束とは、こんな祝いの席でも滅多にお目にかからないものだ。



その時俺は、年かさの女に見覚えがあることに気づいた。
昨日ツバサと、娼館の2階で話していた女だ。だからといって、特別な印象は無かったのだが何となくそう思っただけ、だった。


ただその年かさの女が、蒼白な顔をして、もつれそうな覚束ない足取りで歩いている事に気づいた。
次の瞬間、思わず声をかけていた。


「おい。そこの女。・・・ふらふらしやがって。大丈夫なのか」



くるり、と振り返ったのは。
俺が声をかけた女の後ろの奴だった。

(お前じゃない。そっちの、具合悪そうな奴だ)

文句を言いかけたが、声は喉の奥で凍りついた。



紅で真っ赤に染まった唇は禍々しく吊り上げ、女の両手には、銃。
避けようのない目前で、その二つの銃口は俺を真っ直ぐに狙っていた。



「噂に違わず、無礼なゴロツキね。・・・死になさい」



高慢な声と重なり炸裂した銃声が、灼ける痛みと共に宴の夜を切り裂いた。











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