この残酷な世界に一歩を刻め
最近、リヴァイが冷たいと思う。
というか・・・女だってことがばれてから(隠してもいなかったけど、気づかれなかっただけ)
距離を置かれてる気がする。
以前、雲雀に性別バレした時は、男同士だった頃より極端にスキンシップが増えた気がしてそれはそれで困惑したんだけど。
あまり部屋に勝手に入らないようになったし。
偶然会っても、すぐどっかに行ってしまう。
ご飯に誘っても、食べたらすぐ帰っちゃうし。
「お嬢、また駐屯兵団の奴にちょっかいかけられたのか?ため息なんかついて」
職場で、悩み顔をしてたら同僚に心配されてしまった。
いけないいけない。今はお仕事中だった。
「いえ、大丈夫です。ちょっと疲れが顔に出てますか?」
ちなみに娼館の中では、私の性別はほぼ知られてます。(日雇いの人以外は)
私が仕事に慣れた頃、女将が隠してるよりは皆に知らせておいたほうが働きやすいだろうと
アドバイスしてくれたので、そうしたんだけど、何故かその時から「お嬢」って呼ぶ人も増えた。何故?
一度聞いてみたら、「『姉御』がいいって意見もあったんだが、俺達よりチビで子供だしなあ」とガハハと笑われました。
フレンドリーな職場で何より・・・ちょっと悔しい気もするけど!
娼館の護衛の人達とは、私から時々体術を教えたりしたのをきっかけに、すっかり仲間としてうち解けてます。
「・・・無理するな」
「ありがとうございます、イリヤ」
その中でも寡黙だけど面倒見のいい兄貴肌のイリヤに、頭を撫でられた。身長差から仕方ないけど、撫でやすいのかな?
ちなみにイリヤは、女将の息子さんでもある。
「おやおや。私のとこにあの人は『ツバサとやらは、身請け(娼婦を金銭で引退させて引き取ること)できんのか?』
なんて申し出たんだよ」
「女将さん!」
「いや私はね、はっきり『あの子は売り物ではありませんので』って断ってやったさ。
でもあの眼は、女を見てる眼じゃない。ツバサ、あんた何でピクシス隊長に目をつけられたんだい?」
「それが私にも、全くわかりません・・・すみません」
リヴァイの事と同じく、最近の私の頭痛の種なのは、「駐屯兵団の奴」こと、別館「薔薇亭」の方で
私と顔見知りになった、駐屯兵団の隊長ピクシスさんだ。
普通の人には絶対見えないはずの「翼」に気づいたみたいだけど、その後は口にすることはなく、
それ以外の事をしつこく質問してくるようになった。
どこの出身か、とか家族はとか、どうして子供なのにここで働いてるのかとか。
身辺調査ですか!?
ピクシスさんは仲間内からも、変わった人扱いされてるって噂は聞いたから、もともと変な人なのは確からしい。
ただ妙に目をつけられた私が災難だ。ただでさえやっと、この世界に馴染んで居場所も見つけたのに、
兵団(今でいう警察も兼ねてるらしい)の人とは、関わりたくないのが本音だ。
「あっ、女将さん。今日はちょっと早めに引けてもいいですか?」
「いいけど・・・なんだ、いい男でもできたかい」
「ち・が・い・ま・す!家で、食事を、その・・一緒に食べたい人が待ってるかもしれないので」
「フッ、やっぱりそうじゃないか」
「子供ですから!弟・・じゃないけど、そんな感じの!」
三日前、リヴァイがしばらく来ないと言った時に今夜一緒にご飯を食べる約束をした。
リヴァイが気に入ってくれたプリンも、パングラタンも折角だから用意してあげたい。
そのために、さっき厨房から卵も牛乳も分けてもらったのだ。
小脇に抱えたそれらが入った紙袋の中身を確認してたら、笑っていた女将さんが、ふと真面目な顔になって私を見た。
「そういえば、南方から広がった流行病が王都にも、入ってきたらしい。
壁があるといっても、川の連絡船や行商の奴らがもらってきちまったんだろうね。
抵抗力のない子供や、栄養の足りない女から死んでいってるそうだ。
あんたも、その子もちゃんと食事とって、地下街でもヤバイ場所には近づかないでおくんだよ」
「はい・・・」
「感染者が薬も買えない貧しい奴だと、憲兵と駐屯兵が隔離しちまう。王や貴族どもの命令さ。
胸クソ悪い話だが、ウチもしばらくは店のもんと客の様子には気を配らないといけないからね」
伝染病。
元の世界と違って、この世界は怪我でも病気でも、簡単に命を落とす人が多い。
シーナより壁の外は、貧しい村も多いと聞く。
地下街のような貧しい犯罪者やそれに近い人々の住む場所ではなおさらだ。
女将さんの言葉は、ことさら私の胸に、重く響いた。
* * * * *
その2日後。
私は、リヴァイを探して、地下街の奥深くを歩いていた。
あの日の夜、リヴァイはとうとう食事に顔を出さなかったのだ。
用意した食事が冷めていくのを見ながら、私は不安で仕方なかった。
(伝染病・・・まさかとは、思うけど)
でも悪い予感ほど当たるともいう。
それから2日経った今日、我慢できなくなり無理をいって午後の仕事は休みをもらってリヴァイを探すことにした。
リヴァイの住んでる場所は、正確に知らない。
2〜3カ所、ねぐらにしてる場所があるということを聞いたのを覚えてる位だ。
かなり広い地下街を歩きながら、リヴァイの居場所を色々な人に聞いて廻る。
幸いなことに、目付きの悪さと子供のくせに異常に強いことから、小さなチンピラとして彼は結構有名人だった。
(・・・リヴァイ、私は君の将来が心配になってきたよ)
今度真面目に、子供でもできるまっとうなバイトでも紹介すべきだろうか。
自分の事をあまり話さず、縛られることが嫌いな彼には、嫌な顔をされそうだけど。
さすが地下街、女の格好をして歩く私に、時々チンピラお兄さんが強盗や人攫い目的で絡んでくる。
もちろん、わざとだけど。
情報を集めるには、善人から悪人まで選り好みせずに、色々な人に話を聞くのが一番です。
「イテえよ!離せ!」
「じゃあ、話してくださいね。リヴァイっていう子のねぐら、知ってます?」
腕をねじり上げて石畳みに叩き伏せた人の背中を踏みながら、優しく問う。
スカートはいてこれをやるのは、結構大胆かもしれない。
結局、痛さにすぐ音を上げたこの人の情報が、一番正確だった。
そこは地下街にしては清潔だけど、人目につきにくい狭い部屋だった。
家具といえばベットしかないそこに、シーツにくるまり丸くなった子供の姿。
「リヴァイ!」
駆け寄って、顔をのぞき込めば顔から喉にかけて、赤い発疹がたくさんあった。
私の声にも反応は無く、その瞼は固く閉じていて吐く息も弱い。
額に手を当てれば、物凄い熱をもっていて、一気に心臓が冷えた。
(どうしよう。まず医者に診せて、それに何もないここでは看病もできないよね。
それからえっと・・そうだ、私の部屋に連れていかない・・・と)
リヴァイの固くてしっかりしてる細い腕を握ったまま、動きを止めた。
私は今まで、リヴァイが住んでる場所も知らなかった。
----知ろうと、しなかった。無意識に。
リヴァイと親しく話せるのは嬉しかった。会ってる時間は楽しかった。
いつもリヴァイは勝手に鍵を開けて入ってきて、私はそれを黙認した。
----合い鍵を渡そうとは、しなかった。
ほら、耳を澄ませば今も、子供の泣き声が、聞こえる。
この周りにも、貧しくて病気になってる子がいるんだ。
さっきこの部屋に入る前の路ばたにも呆然と座り込んでる若い母親がいた。
その腕には小さな布にくるまれた赤ん坊が。
母親のさらした腕には、リヴァイと同じ赤い発疹があった。
私はリヴァイを探すのに必死で、見知らぬ彼らを一瞥しただけで、そのまま通り過ぎた。
・・・この世界の現実を、見て見ぬふりをした。今までと同じように。
リヴァイを、助ける
別の世界の命を、私が、馴れ合いじゃなく、通り過ぎるでもなく、救っていいの?
彼だけが特別?リヴァイを助けて、その他大勢の人を助けない?
・・それは
(この世界に落ちた傍観者には、許されないことかもしれない)
胸クソ悪い、と言い捨てた女将の言葉を思い出す。
貧しいもの、弱いもの、全体に不利益をもたらすものを排除する。
ここは残酷で厳しい、世界なのだから。
でも、私は
リヴァイを、背負った。
熱い体は、私より一回り小さいのにとても重い。
ずり落ちそうになるから、シーツの端を裂いたのを紐にして、しっかりと自分の背中に固定する。
(もう、私は・・・帰れないかもしれない)
懐かしい風紀の皆、雲雀の後ろ姿を思い出す。
シャマル義兄さん、ディーノさん、ツナ君、武君、隼人君・・・みんな
もう戻れないんだろうか、あの懐かしい並盛町に。
(ツバサ)
幼馴染みの彼の、ぶっきらぼうな、それでも優しい声すらまだ、昨日のことみたいに思い出せるのに。
「それでも・・・いい!」
口にだすことで、気合いが入った。一気に立ち上がる。
肩口に、リヴァイの吐く熱い息遣いを感じる。まだ、生きてる。まだ彼は生きてる。
それが嬉しいから、私は前に、進む。
私から吹いた「風」を受けて、ギイと軋んだ音を立てながら勢いよく、扉が開いた。
(世界よ)
(見ず知らずの私を受け入れて、帰してくれないこの世界よ)
知らず涙が滲んだ。
「私は、生きる。ここがどんな世界でも、私の我が侭を通して自由に、生きてやるから!」
-----この日、私は選び取った。
世界が私にとって、優しかろうと残酷であろうと
全てをありのままに受け入れ、その上で、自由に生きていくことを選択した。
それが、私以外の人の運命を、どれだけ変えてしまうのか
この時は、知るよしもなかったのだ。
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