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そして永遠を願った(終)


水の底から、ゆっくり上へ昇っていくような浮遊感。


ふわふわと漂う気分から目をすがめながら、目を開くと見慣れない天井が広がっていた。
背中にシーツの感触。どうやらベットの上にいるらしい。



「ずいぶんのんびり寝てやがったな。・・・ツバサよ」


聞き覚えのある声のほうに首を傾けると、不機嫌そうな声の主と目が合った。


「ここ・・どこ?」
「エルヴィンがとった宿屋だ。奴は俺にお前を任せて、先に帰ったがな」

「そっか。もう・・・夜なんだね」




窓ごしに見えたガス灯に、随分長くリヴァイに昏倒させられてたんだと気づく。

リヴァイが、私の左手首を掴んでいるから目をそこにやると、馴染んだ白いブレスレットがちゃんとはまっていた。



「クソネズミは返したからな。野郎、嬉々として戻りやがった」


この街を去らなければならなかった、あの時。
心配で、私の匣兵器の空海をリヴァイの守りに残した。

街のゴロツキ程度の危険なら、難なく彼を守りきってくれるとわかってたし。
彼を守りきれなかったら、空海はその時点で、私のもとに戻ってくる。

だから私は、ずっと戻ってこなかった空海に、離れていてもリヴァイは無事だと信じていられた。



忌々しそうに舌打ちする姿に、思わず笑ってしまった。


「リヴァイのことだから、この子のこと苛めてたんじゃないの?」

「殺そうとした。何度も。・・・数え切れないくらい何度も、だ」



冗談めかした言葉の応えは、刃物のような冷たさだった。

絶句、した。



「・・どうしてっ」

「どうして?簡単だろう。こいつを殺せば、お前が戻ってくると思った」



ギシッと音をたて、かけられたリヴァイの体重にベットが軋んだ。

驚いて半身を起こそうとした私を遮るように、膝立ちに覆い被さってきた。
無言の威圧と、両腕で柵のように囲われたら体制に逃げ場は無い。


「違うか?」


答えようがなかった。
リヴァイは間違ってない。確かに、もし空海が死んだら、私はわかるだろう。どんなに離れていても。


そして私は、彼の言葉で嫌というほど理解、してしまった。
リヴァイはずっと、私に会いたいと思っていてくれたのだ。

私が「リヴァイが元気で暮らしてるならそれでいい」と会わなかった長い時間を
リヴァイは「会いたい」と思ってくれていたのだ。



「・・っ、ごめんなさい」


他に、何を言えるか思いつかなかった。


この世界の異質である自分と、普通の人間である彼は、ずっと一緒にはいられないとわかっていた。
10代なのに、私の成長がほぼ止まりかけてることには、すぐ気づいたから。

数年ならまず、気づく人は少ないだろう。ごまかすこともできる。
でも成長盛りの子供と一緒にいれば本人にも、周りにも必ず異常は知られてしまう。


だからあの時、街にいられなくなった時、ここに戻ることは無いだろうと覚悟してた。
空海を彼の元に残す時も、彼がいつか年老いて亡くなるまで守ってくれるようにと願った。

・・・リヴァイに、死んでほしくなかった。


あの決断が間違っていた、と謝罪はできない。

でも、たとえ仕方なかったとしても。
突然ここに一人残された彼の気持ちを、思いやれなかった事が、申し訳なくて仕方なかった。




「最後に見たお前は血まみれで・・・死んだのかとも思ってそのたび、生きてると思い直した」

「・・・」

「実際、お前は生きてた。だが何年たったと思ってる?おまけに知らねえ男付きでのこのこ顔だしやがって」



ああ、だから再会した時、彼は私に事情を問う前に殴ったんだろう。
再会にはやはり、痛みの対価が必要だったということだ。

それにエルヴィンさんの前で過去に触れるのは、昔の私を多少なりと知っている彼にとっても憚られたに違いない。



「ツバサ」


え、と我にかえった時にはもう目の前に彼の顔があった。
その近さと、射るような暗い色の瞳のゆらぎに、息が止まる。



「俺は本当ならあの時、死んでたはずだ。お前が、俺の命を繋ぎ止めた。・・・こうして」


柔らかく触れられた唇は熱くて、
私の記憶を瞬く間に昔に連れ戻していった。


------リヴァイに、生きていて欲しかった。失いたくなかった。



そしてあの時、私は
どうすれば彼を生かすことができるか知っていた。


(どうして、私はあの時、迷わなかったんだろう)



世界を超えて、義兄さんに止められていた禁忌を破り、
私は生まれて初めて誰かの命を繋ぎ止めるため、迷いもせずに、力を使ってしまった。


風見のものではない。父から譲られたそれを。
-------かつて父が、死にゆく母にそうしたように。



そして私は、それが命を長らえさせる以外に何を意味するのか、リヴァイに話すことは
多分今もこれからも、できそうにないのだ。


いつのまにか繋がれ、シーツの上に押しつけられていたリヴァイの手の力が強くなる。

彼の唇の熱を移されたように、自分の頬も熱くなっていくのを感じながら、
罪悪感に目を閉じた。




* * * * * * *




「ツバサ」


あの時のように、口付ける。
あの時と違うのは、俺からしてることと、惚れた女を目の前にした俺の、溺れるような欲のためという事だ。


こうするのが初めてじゃないことは、お前だけが知らない。
昔だって、寝てるお前の隙をみては奪ってきた。告げることができない代わりに。



「俺は本当ならあの時、死んでたはずだ。お前が、俺の命を繋ぎ止めた。・・・こうして」



わかってた。
俺が勝手に惚れただけだ。一方的な恋心だ。

14の子供が、知らない街に放り出されて、たまたま出会った10やそこらの年下のガキに
恋愛感情なんぞ持つはずがない。


こいつが普通の人間じゃないことにいつか気づいていても、そんな事で心は止められなかっただけのことだ。




(いつかは、帰りたいと思ってるよ)


  その「いつか」が、来てしまったのだと、
  口づけと共に命を吹き込まれ、お前が去っていった時、ようやくガキだった俺は気づいた。



(それは明日かもしれないし、ずっと先になるかも)


  こうして組み敷いても、指をからめ甘い唇を奪っても、
  今ここにいるお前が、また黙って去っていく不安は消えない。



長いキスからようやくツバサを解放する。
動揺はさせただろう、顔も赤いが、少なくとも嫌がるそぶりのなかった事に安堵した。

・・・そんな小さなことでも嬉しいのは、惚れた弱みか。



「お前は、言ってたな。たくさんの友達や、幼馴染みと離れてしまったと」


小さく頷く仕草。
まだ赤みのとれない頬が恥ずかしいのか、目を反らそうとするのが可愛いと思う。


「この街を離れて、お前はそこに戻れたのか?」


今度は首を振った。
「・・・戻る手段が、見つかってないし」


「ここを離れてから一つでも、お前は失ったものを取り戻せたか?」



今度は俺の真意を掴みかねたんだろう、じっと見上げるツバサの頬から手のひらを滑らせ、髪を梳いた。
さらさらと指の間を滑るのは、茶がかった優しい黒。


「確かに、昔のお前はたくさん手放したものが、あるんだろう。
だけど、知ってたか?
俺だって、お前が手放したものだ。お前がここに置き去りにしたものの、一つだ」


俺の心臓は、お前が繋ぎとめた命そのものだ。
俺はとっくにお前のものだが、お前は俺のものじゃない。その乖離はとても苦しい、けれど

(お前が今は俺を特別に想ってなくても、いい。いずれお前の心ごと全部、俺は奪ってみせる)



「ツバサ。またここを出ていくなら、俺を今度こそ手放さず、連れていけ」






「でも・・・調査兵団は危険だから、リヴァイもよく考えて欲しいって思うん・・だけど」

「はぁっ?馬鹿か。同じ兵士のお前が、何て寝言言ってやがる」


連れていくこと自体には、反対しないようだ。
しかも、調査兵団に入ることは危険だと案じてくれている。


心配だと上目遣いで見上げるその目は、悪くない。
悪くないというか、もう一度口づけたくなるのを寸でのところで、我慢した。




「実戦から遠ざかれば腕も鈍る。お前だっていざという時は前線に立つだろう?その時、守れないと意味がない」


エルヴィンが示した条件は魅力的だが、巨人という壁一枚隔てた脅威があって、ツバサがそれに対峙する
位置に身を置いている以上、俺が守ってやれる位置に立ちたいのが一番の理由だ。



「駐屯兵団は、昼行灯って陰口叩かれるくらい平和だし、今のところ危険なことはほとんどないから
私みたいな臆病者でもやっていけるだけ。壁外に出る調査兵団とは全然、違うでしょ」


「お前、巨人を倒したこと無いのか」

「壁外には出ないから、戦ったことないよ。私は・・・巨人を殺すのが、怖い」

「ふん。だから駐屯兵団じゃ駄目だ。実際に襲われた時に、そいつらと戦った経験なしに、どうする」



エルヴィンは、こいつのこうした弱さを知らない。

人を殺したくない。
そして巨人を「化け物」として人と完全に区別して見られない。

それは弱者は生きることを許されず、生きるためなら戦って殺すことを必然として迫られる
この世界で、異常なほど浮いて見えるツバサの特徴だ。


ツバサが姿を消した間のことも、駐屯兵団に入った詳しい理由も後でゆっくり聞き出すが、
人を傷つけることを怖れるこいつが何故、兵団に身を置くことになったのか事情はあるのだろう。


自分を臆病といい、怖いと言葉にすることは躊躇わないツバサは、いざという時に巨人から逃げてくれるだろうか。

だが俺は、こいつが戦わずに、周りの人間を見捨てて逃げることが想像できない。
・・・そんな奴なんだ。



だから俺は、二度とこいつを見失うわけにいかない。



「決めたからな。俺は、調査兵団に入る」

「はあ、止めても無駄なんだ。でも・・・本当に、気をつけてね。リヴァイ」



ようやく微かに笑ってくれたツバサにつられて、俺も笑っていた。



お前がそばにいてくれるなら、
俺はあの頃に還れるんだ。

薄汚いはずのこの街が、閉じられた息苦しいこの世界が
お前が隣にいるだけで、黄昏色に優しく輝いてみえた瞬間に。






* * * * * * *





「ところでお前、同期が調査兵団にいるんだってな。・・どんな奴だ」

「なんでリヴァイが知ってるの?」

「エルヴィンから聞いた」


「(エルヴィンさんをいつのまにか、名前呼びだし・・・私の知らないうちに、仲良くなったんだ)
同期はハンジっていってね、私より10センチくらい背が高くて、それと頭がすごくいいよ」


「・・ツラはいいのか」

「?え、容貌がってこと?・・・彫りが深くて目鼻立ちはっきりしてて凛々しいって感じかな。美人でかっこいいよ」


「っ・・お前、そいつに何度も求婚されたそうじゃねえか」

「ど、どうしてそんな事知ってるの!?」

「本当だって事か・・・ぶち殺す」


「いや、待ってリヴァイ。なんか誤解があると思う。ハンジのいう結婚してっていうのは半分ふざけてるわけだし」

「半分は本気だってことじゃねえか」


「うっ、確かに」

「(否定しねえ・・)おまけに断られても何度もこりずに言ってくる奴を、なんでお前庇ってんだ」



「一応、親友だし・・・時々変態だけど悪い人じゃないよ?

自分が早朝訓練の時は、まだ寝てる私を起こさないようにそーっと静かに出かけたり、
厩の掃除当番が欠員で困ってた時もすすんで一緒にやってくれたし・・」



・・・

・・・・・・



「あの、リヴァイ?(固まってる?)」

「・・たのか」


「えっ?」

「奴と、寝たのか」


「?うん、駄目って断り続けると、ハンジったら半べそかいてご飯食べなくなるから・・・放っておけないよ。
5回に1回は根負けして布団に入れてあげてたかも。翌日は大抵、寝不足になるから、さすがに毎日は無理」


ハンジのおしゃべりはエンドレスだ。何度徹夜して付き合ったか数えきれない。
当時の、ハンジが私のベットに泊まった翌日の頭痛と寝不足を思い出して、つい遠い目になる。




「俺はもう出る。(・・・そして奴を殺る)お前は、身体を休めてから帰れ」


「う、うん。えっと・・・ハンジとエルヴィンさんによろしくね」






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