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5月3日
夜も遅かったから、雲雀はそのままうちに泊まった。

「翼、もうお風呂入った?」

「うん。さっきね」

「・・・そう」


あ、あれはがっかりしてる声だ。

雲雀はうちに来ると大抵、俺より先に風呂に入って(まあ客?だからそれはいいんだけど)

次に風呂からでた俺を、待ちかまえてるのが常だ。
それはもう、嬉しそうに目を輝かせて。

・・いや、引いたりしてないよ?(もう慣れたから)



「4日の夜も、くるから。僕より先に、入っちゃ駄目だよ」

「はいはい」

「返事は1回」


予約までされた!
どんだけ楽しみにしてるんだろう。

ごめん、雲雀。今、ちょっと引きかけたよ。(幼馴染み失格?)




もう眠い、とか言い出した雲雀のために和室に布団を敷いた。

普段の俺は自室のベットで寝てるけど、雲雀が泊まりにきたときは大抵、一緒の部屋で布団をしいて寝てる。


「雲雀、そっちの引き出しからシーツとって」

「これ?」

「うん、この前新調したからさ」


いつものことだから、てきぱきやってたけど今日も二つ並べて敷いてた俺は、はたと気付いた。

(これって・・これから、やばくない?)


できるだけ、女の子として暮らすって、数時間前に父さんと約束したばっかだよね?

・・・いやいや、忘れてたわけでは
(いやちょっと忘れかけてたけど)

俺は雲雀の前では、もう条件反射で「男」でいることに慣れてるし、実際今もそうなんだけど。

これからも、このままってのは流石に、よくない。のはわかる。


別に、女の身体になったら、雲雀に襲われるかもとか考えてるわけじゃないよ?

それこそあり得ない・・というか、雲雀が女の子を襲うなんて、俺の想像範囲外だ。

男に襲いかかってるとこなら、数え切れないほど現場を見てるけど。(襲うの意味が違う)


そういう意味じゃなくて、女だとバレることがまずいってこと。

まだ並盛に住んでいたいし、はじまったばかりの中学生活も穏便に過ごしたい。


それに・・俺は、雲雀にだけは、女だってこと、知られたくないと思うんだ。

雲雀は、「男」だから俺を幼馴染みとして認めてくれてる・・ような気がする。
何となく、だけど。

たとえケンカでは負けなくても、言いたいことを言える仲でも、性別の差は大きい。


(本当のこと、言えなくて----ごめん)


小さい頃から、ずっと、傍にいた。
でもそれも、中学卒業までが限界なんだ。それが父さんとの約束だから。

時間は、もう限られていて、これまでみたいに一緒に過ごせる時間も、先が見えている。

終わりがくるなら、その時まで、このまま過ごせたらと思う。
俺の、我が儘だけど。



(おまけにこれって、命、かかってる秘密だから始末に負えないな)

まだ、心臓の異常は自覚してない。

「男」の身体になってる時に、いつ倒れるか予想もつかない。

だから、自宅で寝てる時くらい、女の姿でいた方が身体にいいに決まってる。



・・・どうしよう。

今更、雲雀に「うちに泊まりにくるな」とか「一緒に寝れないよ」なんて言えるほど心臓に毛は生えてない。

トンファーが飛んでくる確率は100%。

それに同じ確率で、問いつめられるだろう。理由を聞かれたら・・どう答えればいい?



心の中で、どうしようと悩んでいたけど、結論はなかなか出ない。

電気を消して、雲雀と並んで布団についても、目がさえてなかなか寝付けなかった。

横を向いたまま真剣に考えてたら、背後から雲雀の低い声が聞こえた。


「・・翼」

「何?」

「起きたら出かけるからね。欲しいものがあったら、買ってあげる」


意外なことに、雲雀は言葉で祝ってくれただけでなく、プレゼントまでくれるつもりらしい。
俺達は幼馴染みだけど、今までそんなことしたことが無かった。

誕生日に会うことは多かったけど、遊びにいってご飯食べるとか、家で何となく過ごすのがメインで、物のやりとりは記憶に無い。


「え・・いいの?なんで」

「何となく。・・まあ入学祝いも、あげてなかったし」

ちょっと照れたような気配がある。
ああ、そうか。
雲雀は俺の入学した経緯に、若干責任を感じてるのかもしれない。




「それじゃあ、お言葉に甘えて買ってもらおうかな」
強引で俺様な幼馴染みの、時折みせる優しさ。

「ちょうど欲しかったものが、あるんだ」



与えてもらうばかりのそれを、俺は、残された時間の中で、どれだけ返すことができるんだろう-------




3日の昼前に、翼と一緒に僕は、並盛ショッピングモールに出かけていた。

翼が欲しいと言った、誕生日プレゼントを買うためだ。

結構翼は優柔不断なところがあるから、選ぶのに時間がかかるかもしれない。
別に、僕は1日つき合える余裕があるからどれだけ翼が迷ってもいいけどね。



「うーん・・長さはコレくらいが、いいかな」

ファンシーショップの店頭。
翼が欲しがったのは、翔子小母さんの形見をいつも身につけるためのネックチェーンだ。

銀色で、細くて丈夫、長めのほうが制服でも隠しやすいと言いながら選んでいる。


「こういうの?」

「あ、それいいね」

僕が、一つつまみあげて目の前に持っていくと、うんうんと頷く。

値札には1800円、と書いてある。手頃だねーと、翼が笑った。

僕らの背後を通った女の子のグループが「あの子、可愛いっ」なんて囁きながら通り過ぎていく。

・・・僕のものを勝手に見ないでよ。

町中で翼と一緒にいると、よくある事だから顔にはださないけど、面白くない。



「じゃあ、行こうか」

「えっ・・・どこに」


僕は、戸惑ってる翼の手を有無を言わさず握って店から出た。


「どこ行くんだよ、あれでいいのに」

「どんなタイプがいいか、わかったんだからもう、あそこには用が無いよ」


ずるずると引きずって到着したのは別の店。

翼を連れた僕の姿をみた店員が、ぴしりと固まってしゃちほこばった礼をする。

「雲雀様!・・お待ちしておりました」

「うん、じゃあ並べて見せて」

ガラスケースの中から出された数十種類のチェーンが、赤い布の上に並んでずらりと置かれた。


「ああ、これ、さっきのとほぼ同じだね」

長さもちょうどいい。銀色の、細かいボールチェーン。

「待ってよ、デザインしか同じじゃないって、値段見ろよ!」

ああ、確かにさっきと二桁違うね。
でもそれだけだ。

素材はプラチナ。見たところ作りも上等で丈夫そうだから問題ないよ。


「うん、値段は見たよ。じゃあこれ、包んで」

「流すな!」


煩いから、片手で翼の口をふさぐ。その間に、店員が急いでそれをラッピングした。

店を出るまでモガモガ行ってたけど、流石にプレゼントを手に持たせると大人しくなったから離してあげた。

「・・・ええと、雲雀。常識的にさ、中学生がこれはもらえないよ」

「僕に常識なんて、関係ないよ」


翼は諦め顔だけど、説教口調だ。
ムッとして反論する僕を、真っ直ぐに見上げる。

「もう買ったんだから観念すれば。翼が使わないで、それどうしろって言うの」

僕は使えない。
そういうアクセサリー類に興味無い。

「でも・・普通のプレゼントの何十倍って金額だよ?」

「じゃあ、これは10年分、まとめてあげたってことにするから」



僕を見上げたまま、翼の開きかけた唇が息を飲んだ。

何か気を引かれてじっとその柔らかそうな唇を見てた僕は、ふと視線を上げると翼と目があった。

透明な眼鏡のガラスの向こうのそれは、眩しげに数回瞬いて、ゆっくりと睫を伏せた。


「ありがとう。俺にはもったいないけど・・ずっと大切に、するね。雲雀」

「・・うん。ずっと持っていてよね」



僕が、誰かにちゃんとプレゼントをあげたなんて、初めてだった。

笑ってる翼を見てると、ふわふわとした柔らかいものが、僕の胸に溢れてくる。

ちょっと息苦しいような気もする。

まあ、嫌じゃないから、別に・・いいけど。



「そうだ!明後日の雲雀の誕生日に、俺も何か買うよ。希望があったら、教えて欲しいな」

「自分が欲しいものは自分で手に入れる主義だから、別にいらない」

「それじゃ、つまらないよー」

「つまらなくていいから」


拗ねたように僕を見上げてた翼が、何か思いついたようで、ぱあっと目を輝かせた。

「じゃあさ、俺も選ぶの、付き合うから。さっき、雲雀が選んでくれたみたいに」



僕は、それを見て、後悔した。
まただ。
また、ふわふわした気持ちになる。

どんどん増えて、僕の胸から外に、溢れそうになってる。


僕はどうして、今までこんな機会を逃してきたんだろう?とんだ馬鹿だ。

(十年分、まとめてなんて嘘)

もともとその場の方便のつもりだったけど。

こんな気持ちになるなら、誕生日なんて口実の一つに過ぎないんだ。



「・・・考えておくよ」



さて、何を贈ってもらおうかな。
何でもいいけど、それなりに真剣に考えないとね。

それは僕が君に、また何かをプレゼントするための、きっかけ作りに過ぎないかもしれないけど。




雲雀に、誕生日プレゼントを買ってもらった。
・・なんだか高価すぎて、まだ触るのもおっかなびっくりのネックチェーン。

ランチを一緒に外で食べた後で、雲雀は風紀の仕事があるからと、家に戻る途中で別れた。

家に帰って、もらったチェーンに勾玉と薬の小筒を通して首にかけたら、しっくり肌に馴染んだ。


最初は高すぎるプレゼントに、困ったなあと思ったけど。
「10年分」って言葉が、無意識のものだったにせよ俺にはとても嬉しかった。

不覚にも泣きそうになったのは内緒だ。とっさに、こらえたのは偉かったと思う。

・・だって、おかしいよね?男が男にプレゼントもらっていきなり涙ぐんだりしたら。


でも、本当に、嬉しかったんだ。
10年経っても、雲雀が俺の幼馴染みのまま、友達のままでいてくれると。
約束してくれたような気がしたから。


ベットの上に仰向けに寝ころぶ。

シャツの下で、ひやりとしたチェーンの感触がリアルだった。



-------ありがとう、雲雀。


(ずっと大切に、するね)

心から、そう思う。


数年後には「雲雀の幼馴染み、風見翼」は死んでしまう。

それでも、雲雀が・・・10年後になっても、俺のこと、少しでも覚えていてくれたら幸せだ。


(私も、ずっと・・・この思い出を、大切に、するよ)


眼鏡をとると、世界がぼけた。

閉じた瞼の裏では、楽しかった思い出ばかり、くるくるとくり返し躍ってる。




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